仙台市における藻類バイオマスプロジェクト(産学官連携ジャーナル:2013年3月号)

2013年3月号
 
特集 - 大震災から2年 産業復興に支援の輪
仙台市における藻類バイオマスプロジェクト

鈴木 石根
(すずき・いわね)

筑波大学 生命環境系 教授、
藻類バイオマス・エネルギーシステム研究拠点

 
 

東日本大震災で被災した仙台市の南蒲生浄化センター(下水処理施設)を活用し、仙台市、東北大学、筑波大学の3者が藻類バイオマスプロジェクトを推進している。排水からエネルギーを生産するシステムの構築を目指す。

 

今日、石油などの化石燃料は、自動車や航空機などの移動や輸送手段の燃料、発電所での燃料、あるいはさまざまな工業製品の原料として使われており、現代社会の維持に不可欠な天然資源である。しかしながら、生産量の減少、発展途上国での需要の増加に産油国の政情の不安定さも加わり、石油価格は上昇を続けている。さらに、可採石油資源は急激に減少すると予測されており、今後ますます入手が困難になると見込まれる。また、化石燃料の燃焼により大気中のCO2濃度が増加し、地球温暖化・異常気象・海洋の酸性化などの地球環境の悪化が実感される現在、石油を代替できるエネルギー資源の安定的な確保や、地球規模での環境の改善や維持のため、カーボン・ニュートラルな持続可能エネルギー資源の確保は急務である。

石油代替エネルギー資源としては、水力・風力・太陽光・太陽熱・地熱・波力・潮力・原子力などさまざまなエネルギー源が考えられるが、そのほとんどが電力を生み出すもので、長距離・大規模の移動輸送手段のためのエネルギー密度の高い燃料や、さまざまな工業製品の原料には利用できず、現在の石油に直接取って代わることが困難なエネルギー資源である。このような次世代のエネルギー資源の中で唯一、光合成生物が産生する有機物に由来するバイオマスだけが、石油の直接の代替物質となりうるポテンシャルを秘めている。現在、最も多量に産出される中東の石油は、今から約2〜1億年前に海洋に生息した藻類が産生したバイオマスが、海底に堆積し、長い時間を経て改質されて石油になったと考えられていることや、石炭は石炭紀に繁茂した木生シダに由来することを踏まえても、光合成生物を活用した石油代替物質の生産は理にかなったものと言える。

光合成により有機物を生産

サトウキビやトウモロコシのショ糖やデンプンを活用し、微生物のエタノール発酵により産されるエタノールを利用する試みは一部の国で実用段階にある。しかしながら、穀物を原料にバイオマスエネルギーを生産する試みは、食糧生産と直接競合するため全地球規模で同様の仕組みを構築することは現実的とは言えない。陸上植物の非食部を活用したセルロース起源の糖からエタノールを生産する方がより現実的であるが、セルロースを直接微生物に利用させることが容易ではないことに加えて、耕作地を食糧生産と競合させる点で問題がある。

一方、微細藻類は、海洋・湖沼・河川水などの水中に生育する主に単細胞の藻類で、光合成により有機物(バイオマス)を生産する。細胞の乾燥重量の数十%以上のトリグリセリドあるいは炭化水素を蓄積する種があり、これは、単位面積当たりのオイル生産量が陸上植物に比べて、数十倍も高いことを示す。また、微細藻類は陸上植物と異なり、耕作不適地であっても藻類培養用の施設・装置を設置すれば培養が可能であり、石油代替物質として利用可能なバイオマス生産を目指した藻類研究が国内外で盛んに行われている。しかしながら、藻類の培養には培地のために多量の水資源と窒素やリンなどの無機栄養の供給が必要であり、培養規模が大きくなればなるほど、それらの獲得と培養後の処理に必要なコストとエネルギーは大きくなる。

炭化水素高生産性微細藻類を単離

筑波大学の藻類バイオマス・エネルギーシステム研究拠点の渡邉信教授のグループは、上記の課題の解決に向け、性質の異なる2種の炭化水素高生産性微細藻類を単離した。まず1つは、高アルカリ性条件に耐性の緑藻ボトリオコッカス株である。アルカリ性の条件では、光合成に必要なCO2の供給を効率化でき、同時に異種微生物の混入を抑制できる。ボトリオコッカスは、コロニーを形成して生育する緑藻で、光合成によりコロニーの細胞間に炭素数25-40の炭化水素を蓄積する。多くの藻類は細胞内にオイル成分を貯蔵するのに対し、細胞外にオイルを分泌蓄積する点でユニークな脂質を持つ。もう1つは、従属栄養性のオーランチオキトリウムで、筑波大学のグループが同定した株は、乾燥重量の30-50%ものスクワレンを短時間の培養で蓄積する。ただし、独立栄養性の藻類に比べて生育に炭素源を必要とする点は難点であり、生育を賄うには多量の炭素源を必要とする。

そこでわれわれは有機物を含んだ産業廃液や、下水処理場の固形有機物や活性汚泥などの産業廃棄物に含まれる有機物を活用して、オーランチオキトリウムを培養し、スクワレンを生産する系の開発を目指して、研究を行っている。これまでに培養液の一部を産業排水に置き換え、十分な量のスクワレンの生産ができることが示されている。また、オーランチオキトリウムを活用した排水処理により有機物を除去した後の処理水は、窒素・リン酸・金属イオンなどの無機化合物を含む溶液となる。これらの化合物は光合成を行う独立栄養性の微細藻類の生育に不可欠な栄養塩である。そこで、この処理水を用いてボトリオコッカスのような独立栄養性の藻類の培養に添加し、その培養の過程でそれらの無機成分を回収できれば、さらに効率的な炭化水素生産系を構築できると考えられる。

図1 炭化水素を生産するボトリオコッカス
(左)光学顕微鏡像
(右)ナイルレッドによるオイルの染色、蛍光顕微鏡像
オイルは黄色の蛍光を発する。赤色はクロロフィルからの蛍光、細胞が赤く見えている。

図2  オーランチオキトリウム
(左)光学顕微鏡像
(右)ナイルレッドによるオイルの染色、蛍光顕微鏡像

被災した南蒲生浄化センターを活用

東北大学と仙台市それにわれわれ筑波大学の三者は、微細藻類による排水を活用したオイル生産システム構築を目指して「東北復興次世代エネルギー研究開発プロジェクト」を進めている。本プロジェクトでは、東日本大震災で被害を受けた仙台市の南蒲生浄化センターに、ボトリオコッカス等の独立栄養性の藻類と、オーランチオキトリウムなどの従属栄養性藻類の培養施設を構築し、浄化センターの排水・活性汚泥等を活用した最適な培養システム、産物の回収利用システム、菌体残渣(ざんさ)の再利用化などの道筋をつけるための研究を開始している。将来的に排水処理のコストを低減すること、排水を活用したエネルギー生産システムの構築のために必要な基礎的知見の創出と確立を目指している。本プロジェクトにより、排水処理とエネルギー生産を融合した仙台モデルが東北地方から各地へ広がり、地産地消のエネルギー生産の取り組みが行われることを期待する。

 

図3 東北復興次世代エネルギー研究開発プログラムで目指すシステムの概念図