生命環境系 横井 智之 助教
花から花へ飛び回り、花粉や蜜を集めているのは、ハチの中でもハナバチ類という種類です。その代表がミツバチ。女王バチを中心に、すべてメスの働きバチがせっせと子育てをします。このような社会性のある種類は、スズメバチなどの狩りバチ類にもいますが、数あるハチのなかでは少数派です。ほとんどのハチは、単独性なのです。単独性ハナバチのメスは、産卵用の巣を作り、昼間せっせと花粉と蜜を集めて団子をつくって巣室に置き、そこに産卵して巣を閉じるというのが一般的です。では、夜はどうしているのでしょう。もちろんハチも眠っているのですが、必ずしも巣で眠るわけではないようです。横井さんは、単独性ハナバチの生態に興味をもち、そのねぐらに注目しました。
目をつけたのは、ミナミスジボソフトハナバチという単独性ハナバチ。九州の南にある南西諸島で調査中に出合い、オスもメスも、昼間は単独で行動しているのに、夜になると数匹ずつの集団をつくって眠っていることを発見しました。しかも、予想に反し、たとえ巣作りの途中であってもそこで夜を過ごすことはなく、夜は別の場所に移動して眠っていました。
もうひとつ、おもしろいことがわかりました。かれらは、切り通しから、地面1mほどの高さに垂れ下がった細い葉にしがみつくようにして眠っていたのです。しかも、詳しく観察してみると、ねぐらに最初に到着したハチが葉の先端、つまり地面にいちばん近いところに止まり、そのあとは順番に上の方に止まっていくというルールがありました。なぜでしょう。考えられる理由は、眠っているあいだに捕食者が葉を伝って襲ってきても、葉の先端近くにいる個体ほど安全だからというものです。葉の先端は早い者勝ちの特等席、昼間の活動を早く終えたハチほど、安全に夜を越せるというわけです。さらに、このルールはメスだけに見られるもので、オスでは止まる位置へのこだわりは見られませんでした。オスは、メスと交尾することが唯一の役割なので、巣作りを続けるために身を守る必要性がさほどないのかもしれません。それでも集団で寝るのは、みんなでいるほうが心強いということなのでしょう。それはともかく、こういう思わぬ発見がフィールドワークの醍醐味だと、横井さんは語ります。
ところで、ハチのねぐらを調べることにどんな意味があるのでしょう。ハナバチは、生態系において重要な役割を演じています。実用面では、花や作物の受粉を担ってくれる重要な存在です。ハナバチの保護を考えるなら、その活動場所すべてを保全する必要があります。昼間の活動場所だけでなく、夜間を過ごす場所が別の場所にあるとしたら、そこも守らないことには、そのエリアからハチは消えてしまいます。ハチがどこでどうやって眠っているかを調べることも、環境保全のためになくてはならない研究なのです。
子供の頃から虫好きではあったものの、昆虫学者になりたいとまでは思っていなかったという横井さん。文学にも関心があったため、文系か理系かで迷った末に、将来のことなどを考えて理系に進みました。そこで虫好きの魂が蘇ったそうです。大学の卒業研究で、花にやってくる昆虫の行動を研究することになり、選んだのがハチでした。そして、季節を通して花と昆虫の関係を観察していくうちに、ハチに夢中になりました。研究の傍ら作っているハチの標本もかなりのコレクションになっています。
ファンの多い美しい蝶やかっこいい甲虫などに比べると、ハナバチはマイナーな存在。ましてや、養蜂に用いるミツバチや受粉に使われるマルハナバチ以外のハチは、研究対象になりにくい存在です。しかしそこに目をつけ、あえて他の人が研究しない種類のハナバチを扱うのが横井さんの目下のこだわりです。昆虫の行動を調べるには、なんといってもフィールドワーク。ハチたちがどんな場所でどんなふうに生きているのか、巣や餌場を探すところから始めます。北海道から沖縄まで、ハチを求めて全国を巡ります。もちろん、大学構内への目配りも怠りません。薮の中や崖の上を探索し、虫に刺されたり、蛇に出くわしたり、なかなかワイルドな研究生活です。新種のハチを探し出して、その生態をすべて調べてみたい。横井さんの冒険はこれからも続きます。