日本書籍出版協会によると、2008年の紙の辞書の売り上げは約250億円と、10年間で50億円減少した。
また、電気製品の大手企業などで構成する「ビジネス機械・情報システム産業協会」(東京都港区)によると、電子辞書の売り上げも、ピーク時の2007年の483億円が、2013年には半分に減少している。この背景にはスマートフォンの普及がある。無償で気軽に単語の意味が調べられるようになったため、辞書を持ち歩く必要性が低くなっているのだ。
辞書が苦境に立つ中で、辞書の活用を広げようと、新時代の辞書開発に取り組むのが、言語学者の矢澤真人教授(人社系)らの研究チームだ。
これまで辞書は、紙から電子版への媒体の変化はあっても、内容や体裁が変化することはほとんどなかった。そこで矢澤教授らは、何が利用者に必要なのかを再考。利用者一人ひとりの言語能力と使用用途に合わせた辞書が必要だと判断し、言葉の意味を調べる際に用いる従来型の辞書とは異なる、文章を書く際の利用を想定した「子ども向け作文支援型辞書」の実用化を考えた。
矢澤教授らの辞書は作文を書く際の主語と述語の不一致などの基本的な文法事項を間違えやすい小学生を対象にしており、これまでの辞書の概念を覆す試みとして、言語学者だけでなく出版社などからも大きな注目を集めている。
子どもが「書く」場面に使える辞書の作成に当たり、まず教授らは「読む」際と「書く」際に必要な情報の違いに着目した。既存の辞書には、言葉の解釈(語釈)以外の情報が少ない。そこで矢澤教授らは「書く」際に必要となる文型や、共起語と呼ばれるある単語と連動して出てくる単語を語釈に追加して記載。また、文型に合わせ例文を増やしたり、言い換え可能な例文を記載したりと、「書く」ために必要な情報量を増やしている。
例えば、同じ「夢」という単語でも、「将来の夢」と「睡眠時に見る夢」では単語の意味が異なる。「睡眠時に見る夢」では、「僕が昨日見た夢は空を飛ぶ夢です」というように「夢」を重ねて使用することができるが、「将来の夢」の場合はそれができない。そのため、「将来の夢はサッカー選手になる夢です」といったような文法上の間違いが起こりやすい。
そのような時にこの辞書を用いれば、単語の意味ごとに正しい文法の例文が書いてあるため、正しい文章を書くことが可能になる。
また矢澤教授らはデータベース化された大規模な言語資料を使用し、一般的な国語辞典の語釈で使われる語が、小中学校などの教科書で使われている頻度を分析。すると、一般向けの辞書の語釈で使われる語が使われない場合も多く、中学生以下の子どもにとって、一般向けの辞書の語釈は難しいことも分かった。そこで矢澤教授らの辞書は、小学校の教科書で用いられている表現を多用している。
これらの技術を用いた「子ども向け作文支援型辞書」は、数年以内に実用化し販売も行う予定。さらに、今回の研究の技術を応用して、対象を大人や外国語話者に絞ったものなど、多様な辞書を開発する予定だ。
矢澤教授は、「辞書が生き残るには、お金を払ってでも買いたいと思わせる付加価値が必要。そのためには、従来の辞書の概念を覆さなければならない」と話す。
利用者一人ひとりの言語能力と用途に合わせた次世代の全く新しい辞書が、私たちの言語活動をより豊かにしてくれる日も、そう遠くはない。(越
智小夏=比較文化学類2年)
作文を支援する辞書作る辞書界の不況の突破口に
代表者 : 矢澤 真人