#002:コンテンポラリーダンス それは知的好奇心を揺さぶる身体の冒険

代表者 : 平山 素子  

体育系 平山 素子(ひらやま もとこ)准教授

愛知県出身。5歳よりバレエを始める。筑波大学に進学し、同大学院体育研究科を修了。1999年世界バレ工&モダンダンスコンクールにて、金メダルとニジンスキ ー賞をダブル受賞(モダンダンス部門)。2005 年より本格的に振付家としての活動も始め、新国立劇場などで振付委託作品を発表し、芸術選奨文部科学大臣新人賞、朝日舞台芸術賞などを受賞。
音楽家や美術家とのコラボレーション、無重力空間でのダンス実験や、CGを使ったダンス動作の自動振付実験などのプロジェクトにも参加。シンクロナイズドスイミングやフィギュアスケートの日本代表選手などの演技指導も手がける。2002年から筑波大学の教員となる。
公式HP http://www.motokohirayama.com


人はなぜ踊るのか

 「ダンス」と聞くと、「自分には縁がない」あるいは「体育の授業でやらされた」というような、必ずしもポジティブではない印象を持つ人もいるでしょう。けれども、どんな時代・国・民族にも、歌やダンスの文化があります。感謝や祈りを表す、人とつながる、自分を表現する、また最近では、健康のためにダンスをする人も増えています。踊ること、身体で表現することは人間の本能的な欲求なのです。
 ダンスとの触れ合いは、自分の中に潜んでいた感覚や感情が引き出されたり、そこから新たな知的好奇心が芽生えるような、豊かな体験へと導いてくれます。人間のコミュニケーションの大部分は、実は言菓ではなくそれ以外の情報によるものだといわれています。そういった意味において、ダンスは原始的かつ効果的な意思の伝達方法であり、多様で自由なコミュニケーションを成り立たせることが可能となります。

舞台では奇跡が起きる

 演劇やオペラなどと同様、ダンスも舞台芸術のひとつです。時間・空間・動作の連続性の組み合わせで構成され、さらに衣装・照明・音楽・小道具などさまざまなものを駆使して演出されて作品ができあがります。残念ながら物質的に保存することができないため、立ち会う人(観客)がいなくてはダンスという現象が保証されません。舞台芸術は、観客の言説による精神的な繋がりによって成り立つともいえます。
 私たちの身体の状態は日々変化します。これを受け入れながらダンサーは日々身体を整えて準備をします。そして、舞台上で芸術という永遠を手に入れるため、瞬間にすべてを注ぎます。観客として劇場へ足を運ぶということは、その瞬間を捉えるという代えがたい体験を求めているといえます。
 私のダンス作品の特徴は、物語や感情そのものを説明することではなく、感覚やまわりの情景に訴えることを創造の源としています。そして、身体から発する生命感を余すことなく滲み出させたいと考えています。そして観客一人一人の個人的な記憶や感性を呼び覚まし、変化をもたらすと信じています。

コンテンポラリーダンスの魅力

 コンテンポラリーダンスは1980年代以降に興った流れで、現代アートとともに注目されるようになりました。ただしその定義はあいまいで、ルールに縛られない、ボーダレスなダンスともいえます。極端に言えば、劇場で演じる必要もなく、踊りの経験や技術がなくても構わないわけです。また、科学技術の研究分野とのコラボレーションなど、実験的なチャレンジも可能です。それだけに、ダンサーや振付家の美学や感性が問われます。こういった試みにな安心材料がありませんから、観客に受け入れられるときと、そうでないときがあります。しかしそれも承知の上で、従来のダンスのあるべき姿を裏切って冒険することが、コンテンポラリーダンスの魅力のひとつです。
 現在は、ダンスの世界も変化しようとしている時代です。20世紀に巨匠と呼ばれていた先人たちが去り、次の世代に移る過渡期といえます。伝統芸能であっても、例えば邦楽と洋舞などの組み合わせのように、時代にマッチさせようと様々な試みを重ねています。こういった「ちょっとずれたこと」を試行錯誤する、その繰り返しがダンスをじわじわと進化させていくのです。
 コンテンポラリーダンスもいずれ歴史の中で評価される時が来ますが、「21世紀前半は多くの人がダンスを楽しんだ」と言われるように、このフィールドで頑張る人たちが注目されるようになることが大切です。

大学とダンス

 筑波大学で専門的にダンスを学び、教えるということには大きな意味があります。ただ振付け通りに踊り、テクニックを競うだけではなく、自分の身体をどのように取り扱うかを考え、他人の身体性との違いを理解する、そういった客観的な視点を持つことは、ダンスに取り組む上で大きな糧になります。また、ダンスを自分の世界のすべてにせず、社会の中のひとつの要素としてダンスを捉え、その果たすべき役割を理解することも、ダンサーを目指す人にこそ大事な感覚です。
 大学教員という立場を持つことで、発信力が高まり、学生や後進により多くのチャンスを与えることができるとも考えています。特にコンテンポラリーダンスは、ダンス全体の中でも小さなうねりに過ぎません。職業にもなりにくいのが現状です。自分が学内外で行っているさまざまな活動が認められることで、結果的にコンテンポラリーダンスの価値が高まり、後に続く人たちに道が開かれていくよう願っています。

ダンスの力を証明する

 舞台芸術としてのダンスは身体訓練に裏付けられた高度な芸術です。集中力を養い、体を突き詰め、極限の動きを追及するという、武道にも似た側面もあります。心と体を結びつけ、ダンサーと観客の間でイマジネーションを共有するコミュニケーションであり、娯楽・エンターテインメントの範疇を超えて、観る者の心に訴えかけ、変化のきっかけを与える力を持っています。そのことを証明したい。ダンスには縁がないと思っている人も、劇場に来れば、そこに立ち会えて良かった、生きることが愛おしいという感覚にきっと出会えるはずです。