細胞内共生進化が生んだ華やかなる藻類の世界

代表者 : 石田 健一郎  

石田 健一郎先生

光合成生物を食べたら、自分も光合成ができるようになった!? 細胞内に光合成生物を住まわせる「細胞内共生」によって地球上には多種多様な系統の、葉緑体をもった単細胞の真核生物…いわゆる藻類が誕生しました。石田健一郎先生は、藻類の多様性を創り出す原動力となった「細胞内共生」のメカニズムを解明しようとしています。藻類進化の歴史とその魅力、そして研究に対する信条を石田先生に聞いてきました。

藻類はとっても魅力的

 「きれいで、形もおもしろい。細胞に多様性があるんですよ。」藻類の魅力を、石田先生はそのように語ります。肉眼で見えない単細胞の小さな藻類は、多様と言われてもなかなか気づきにくいかもしれません。しかし顕微鏡を通して見れば、くるくる泳ぐもの、細胞にガラスの殻をまとうもの、四方八方に仮足を伸ばすアメーバ状のもの・・・単細胞であることを忘れさせるくらいに、実に個性豊かな藻類の世界があります。葉緑体の色も、緑色だけではなく紅、黄金、褐色と華やか。環境中から藻類を見つけて育てる石田先生のお仕事は、まるで宝探しのようにも見えます。

 

「大家族」が実は「他人どうし」だった!?DNAから解く藻類の家系図

 藻類たちは、どんな歴史を辿ってこれほど多様になったのか?石田先生は、藻類を分類し、その系統関係を解明するためにさまざまな研究手法を駆使します。例えば、葉緑体に含まれる色素の組成や細胞の微細な構造は伝統的な藻類学の分類基準です。そして20世紀後半に登場した、分子生物学と結びついた系統解析(分子系統解析)は従来の分類体系に大きな変革をもたらしました。この手法では、生命共通の遺伝情報・DNAの塩基配列を生物間で比較します。すると、葉緑体をもつという共通項のもと「藻類」という枠組みで認識されてきた光合成性の単細胞真核生物たちが、それぞれ系統的にとても離れていることが分かったのです。これはすなわち、大家族「藻類」が、実際には「他人どうし」の集まりだったということを意味しています。見た目や生態だけにとどまらず、藻類はDNAレベルでの多様性をも秘めているのです。

共生の連鎖がもたらした藻類の多様性

「他人」のはずの藻類がそれぞれ葉緑体をもつようになったのには、「細胞内共生」がとても重要な役割を果たしています。その発端は約20億年前に遡ります。光合成能力をもつバクテリア※1が、光合成能力をもたない真核生物の細胞内に捕食されそのまま住み着き(一次共生)、葉緑体として真核細胞の一部になったらしいのです。陸上植物、ミカヅキモやクロレラで知られる緑藻類、寒天や海苔の原料となる紅藻…わたしたちの生活になじみ深いこれらの光合成生物は、一次共生から誕生した藻類の直系の子孫です。

 さらに共生は連鎖しました。一次共生で生まれた緑藻や紅藻が今度はいろいろな真核生物に捕食され細胞内に住み着いて(二次共生)、葉緑体となったのです。その結果、それまで光合成能力をもたなかった様々な系統の真核生物が独自に光合成生物となり、藻類と呼ばれる系統は爆発的に増加しました。例えば、石田先生が研究しているクロララクニオン藻という藻類は、緑藻の二次共生に由来する葉緑体(二次葉緑体)をもっている生物です※2。

 

クロララクニオン藻で共生進化のプロセスに迫る

  まったく系統の異なる生物がひとつに融合する生命の離れ業、「細胞内共生」はどうやって成し遂げられたのでしょうか?石田先生は、そのヒントをクロララクニオン藻の葉緑体に見出しています。クロララクニオン藻の葉緑体の内部には、細胞内共生した緑藻の核に由来する細胞小器官・ヌクレオモルフ(Nucleomorph、写真では青矢印)が存在するのです。一般的に、二次共生で生まれた多くの藻類ではこのような細胞小器官は見られません※3。ほとんどの場合、共生藻が葉緑体へと変化する途中で共生藻核をなくしてしまいます。クロララクニオン藻は、例外的にその中間段階でストップしてしまったといわれる生物です。

共生藻のゲノムDNAが収納された大切な核。それが、どんな過程を経て失われていくのでしょうか?そして核がなくなっても、葉緑体としてはたらき続けられるのはなぜでしょうか?二次共生にまつわるこれらの疑問に対し、石田先生はクロララクニオン藻を通じて答えを探しています。例えばヌクレオモルフにわずかながら残っている共生緑藻のゲノム解読は、その試みのひとつです。現在生きている緑藻や、他の生物がもつ核ゲノムと特徴を比較することで、共生藻の核ゲノムに起きる変化の傾向を明らかにしようとしています。

 

「きっかけはなんでもいいが、やりはじめたら頑張る」それが信条

学生時代、ワンダーフォーゲル部所属の山男だった石田先生。なぜ藻類に関わろうと思ったのでしょう?そのきっかけは「クラス担任の先生が藻類をやっていたから」。しかし、研究室で発見した、新種のクロララクニオン藻Lotharella globosaでした。当時1989年、記載されていたクロララクニオン藻はたった2種のみだった分野に、石田先生が次の一歩を踏み出したのです。その後、2015年現在までに石田先生が記載に関わった新種のクロララクニオン藻はなんと10種にのぼります。クロララクニオン藻の多様性研究は、石田先生が切り拓いた分野です。「きっかけはなんでもいい。でも、いったんやり始めたらその中で頑張る」それが石田先生の信条です。

 研究の苦楽もクロララクニオン藻とともにありました。海外の大先生に、クロララクニオン藻の話を懸命に話したことが縁となってカナダ留学の道が開けたといいます。留学先で取り組んだのは、二次葉緑体の中にタンパク質が運ばれる機能を試験管内で再現する実験でした。成功すればブレイクスルー必至、しかし滞在した4年間でなんと一度も成功しなかったといいます。それでも「自分のアイデアでなにかやって、失敗して、学ぶことが大事」と石田先生は振り返ります。石田先生が山で培った、地図なき道を歩む力、辛くても継続する力はずっと研究を支えているのかもしれません。

現在の石田先生は、さまざまな異なる種類のクロララクニオン藻でヌクレオモルフゲノムの特徴を比較するという、ヌクレオモルフゲノム自体の多様性に迫る研究を行っています。また、一度は挫折した二次葉緑体へのタンパク質輸送についても、クロララクニオン藻を用いた細胞生物学的なアプローチから再度挑戦をかけています。
光合成で地球上の生命を支える、小さくとも華やかな藻類たち。この生き物が、細胞内の共生藻をどのようにして手なずけ葉緑体として飼い馴らすことができたのか、その秘密の解明には、石田先生とクロララクニオン藻のタッグがこれからも大活躍することでしょう。

 

1※原核生物シアノバクテリア(ラン藻)の一種だと考えられている。

2※(1)葉緑体の微細構造、(2)光合成色素の組成、(3)分子系統解析から、クロララクニオン藻の葉緑体が緑藻の二次共生由来であることが支持されている。(1)クロララクニオン藻の葉緑体は4重膜をもつ:共生緑藻のもともともっていた葉緑体膜(2枚)+共生緑藻の細胞膜(1枚)+クロララクニオン藻の祖先が共生緑藻を取り込んだときの食胞膜(1枚)に由来する。(2)クロララクニオン藻と緑藻はどちらも葉緑体に光合成色素としてクロロフィルaとクロロフィルbを含む。(3)クロララクニオン藻の葉緑体ゲノムやヌクレオモルフゲノム上にある遺伝子を系統解析した結果、緑藻遺伝子との近縁性が示されている。

3※ヌクレオモルフは、現在までのところクロララクニオン藻とクリプト藻のみで発見されている。クリプト藻のヌクレオモルフは細胞内共生した紅藻の核に由来する。細胞の系統も、葉緑体の起源も異なるこの2系統の藻類に、共通してヌクレオモルフが残っている理由は未だにはっきりと判っていない。

【取材・構成・文 生物科学専攻博士後期課程1年 松尾恵梨子】

PROFILE

 

石田 健一郎 教授
筑波大学生命環境系