#015 政治を科学的に捉える ~投票行動から探る日本人のイデオロギー~

代表者 : 竹中 佳彦  

人文社会系 竹中 佳彦(たけなか よしひこ)教授

1964年東京都生まれ。1991年3月筑波大学大学院博士課程社会科学研究科修了後、同年7月本学社会科学系助手、2001年4月北九州市立大学法学部教授、2007年4月筑波大学大学院人文社会科学研究科准教授などを経て、2011年10月より現職。

主要著作:『日本政治史の中の知識人(上・下)、木鐸社、1995年』、『現代日本人のイデオロギー』(共著、東京大学出版会、1996年)、『現代政治学叢書8イデオロギー』(共著、東京大学出版会、2012年)、他


政党と有権者とイデオロギー

 経済政策や安全保障の問題など、政治が解決すべき課題は山積しています。政党は様々な政策を提示し、法案を作り、議論が進んでいきます。こういった政治の動きに対して国民が影響を及ぼすことができる機会のひとつが選挙です。では国民は、何を基準に大切な一票を行使するのでしょうか。
 共産主義や社会主義などの極端なイデオロギーは、さすがに今では影響力を失い、自由民主主義が主流となっています。しかし、その中にも経済発展を追求し小さな政府を志向する新自由主義的な考え方(保守)と、社会保障を重視し大きな政府を目指す社会民主主義的な考え方(リベラル)があります。アメリカの経済学者ダウンズによると、この2つの考え方を両端に置いた線上に、各政党のイデオロギーが分布しています。
 90年代初めまでの、いわゆる「55年体制」と呼ばれていた時期は、各政党のイデオロギーは比較的離れて分布しており、自分のイデオロギーと照らして、支持政党を決めることが容易でした。しかしこの体制が崩れ、政党の分裂・合併が繰り返される中で政党ごとのカラーが薄れると、個々の政策や党首を評価し、それが自分にとって恩恵をもたらすかどうかによって投票先を決める人が増えてきました。この傾向は、日本人のイデオロギーがある一定の価値観に収れんしてきていることを示しているとも言えます。
 しかし個人の利害で政策を捉えると、その人の立場や生活環境によって評価が分かれる上、憲法改正や安全保障など国家としての長期的な展望よりも、経済や福祉のような目前の問題ばかりに関心が向き、その時々で内閣支持率が上下したり、一貫性のない選択をすることになったりしてしまいます。

政治学のメソッド

 選挙の前後や重要な政策課題が議論される時には、様々な世論調査が行われます。そのデータを計量分析という手法を用いて科学的に分析することで、有権者の投票行動を明らかにしていきます。同じデータを使っても、項目の組み合わせ方などによって異なる解釈が導かれたり、時には想定外の結果が得られたりもしますが、データは正直です。政治学者と言えども、自分の意見を介在させる余地はありません。そこが、評論家やコメンテーターとの決定的な違いです。政治の研究は極めて科学的な営みなのです。
 計量分析との出会いは大学院生の頃。今、熊本県知事をしている蒲島郁夫先生の大学院の授業で共同論文を執筆するために選んだのがイデオロギーでした。その共同論文がどんどん膨らみ、単位取得のために書くはずだった1報の論文は、10年かかって1冊の書籍になりました。その3年ほど前に55年体制が崩壊し、研究は次のフェーズに入りました。その集大成が、2012年に出版した「イデオロギー」という書籍です。日本人はイデオロギーを持たなくなったように見えますが、昨今は、政権の右傾化や、ヘイトスピーチなど排外主義の顕在化も指摘されています。書籍の刊行と前後して、政党と有権者の関係や政策の対立をイデオロギーから論じる研究が増えつつあります。

変わる「保守」と「革新」

 近年の分析によると、有権者の考え方に興味深い変化が起こっています。特に30代以下の若い層で、「保守」と「革新」の概念が逆転しているのです。これまで社会や政治を支えてきた50代以上の人々にとって、保守と言えば自民党、革新と言えばかつての社会党や共産党でした。ところが、若い世代の眼には、主張を変えない共産党が保守、新たに勢力を伸ばしてきた日本維新の会などが革新、と映っています。イデオロギーではなく、現状維持か変革かで評価しているわけです。
 確かに、学校教育の中で各政党の信条や保守・革新といった概念を学ぶことはほとんどなく、政党や政策の対立をイデオロギーで判断していた時代を知る世代とそうでない世代との間に認識のギャップが生じるのは当然でしょう。しかしそれを間違った知識と断じてしまうのは性急です。若い世代の方が、政治に対する閉塞感をより切実に感じています。だからこそ、現状を打破してくれそうな考え方が「革新」と受け取られます。人々のイデオロギーが変わるように、保守と革新の基準も時代とともに変化するのかもしれません。

政治の話をしよう

 18歳選挙権が導入され、若者が政治に関与する機会が増えています。とは言え、社会とのつながりが少ない彼らには、より良い政策を選ぶ尺度がなく、関心を持ちにくいのも仕方のないこと。けれども見方を変えれば、政治や社会に対する純粋な理想や理念に基づいた投票行動がしやすいとも言えます。
 ある政策が良いと思っても、それが他の政策と相反することもあります。優先順位をつけるにしても、妥協点を見出すにしても、トータルとして築かれる社会の様相を見極めなくてはなりません。そのためには、どの政党がどんな政策を提案しているかを学ぶことが不可欠です。なんとなく避けてしまいがちな政治の話題ですが、イデオロギーは、普段から考え、議論を積み重ねることで培われていくものです。
 自分の主張や要求を政策に反映させるには、ある程度の規模の集団として有権者の存在を示すことも必要です。最近は、デモを行ったり、ネットの書き込みから論争が広がったりするなど、政治参加の手法も多様化しています。こういった動きは、いずれ投票へとつながりますから、政治家も無視はできません。そう考えると、有権者が政治に及ぼす影響力は皆さんが考えるほど小さくはありません。
 政治は時代の流れとともにダイナミックに動いています。その中で、政党や有権者の考え方も変わっていくはずです。従来のイデオロギーの枠組みが変容し、新しい対立軸が形成されていくプロセスを、様々な意識調査と緻密な分析を通じて注意深く見つめています。