#084:ゼブラフィッシュにこだわるわけ

代表者 : 小林 麻己人  

医学医療系 小林 麻己人 講師

 ゼブラフィッシュという魚がいます。インド原産で体長3〜4センチほど。成魚は縦縞があることから、ゼブラ(シマウマ)のような縞をもつ魚と呼ばれています。熱帯魚店でも売られていますが、医学生命関連の研究室でも飼育されています。飼育や採卵が簡単なこと、遺伝的な操作が確立されていること、しかも卵と稚魚は体が透明なことから、実験に用いるモデル動物として重用されているのです。しかもそれだけではありません。2万個あまりとされているヒトの遺伝子のうちの1万3000個ほどが、ゼブラフィッシュの遺伝子と共通しています。標準的なモデル動物であるマウスにはないのに、ヒトとゼブラフィッシュで共有している遺伝子まであります。小林さんは、そのゼブラフィッシュにこだわって研究しています。その理由は、ゼブラフィッシュでわかることがたくさんある、ゼブラフィッシュでなければわからないこともあるからだといいます。特に便利なのが、特定の遺伝子のスイッチがオンになっている部位だけを蛍光で光らせたりするイメージングや、分子生物学に加えて化学的な手法を用いて生命現象を解明するケミカルバイオロジーの材料として優れている点だそうです。

 がんの発症や老化の原因となるとされる酸化ストレスの研究では、酸化ストレス下に置いたゼブラフィッシュの卵に抗酸化機能をもつ成分を降りかけるだけで、その有効性をたやすく検証できます。酸化ストレス耐性には、Nrf2という転写因子(遺伝子情報の読み取りを制御するタンパク質)が重要な役割を果たしています。このNfr2を活性化すると、抗酸化ストレスタンパク質が大量に生産されます。活性化物質としては、たとえばブロッコリースプラウトやターメリックなど機能性食品に含まれる親電子性物質と呼ばれる成分です。Nrf2を活性化する成分とそれが機能するルートは多種多様です。小林さんは、その多様な仕組みを探るために、親電子性物質に応答できない突然変異ゼブラフィッシュの系統も作製しています。Nrf2を生成できない系統も作成しています。そういう系統を用いることで、Nrf2が関与しない抗酸化作用も探っています。

 ただし、抗酸化作用で重要な役割を担うNrf2は、ときには悪玉の手先にもなります。Nrf2の活性化によってがん細胞が元気になり、がん増殖を促進してしまうのです。その一方で、ハダカデバネズミというという社会生活を送る珍しいネズミの仲間は、Nrf2活性がとても強く、そのおかげで短命な齧歯類にしては破格の最長30年も生きるといわれています。はたして、Nrf2は活性化すべきなのか、すべきではないのか? 問題は単純ではなく、要はNrf2がどこでどのタイミングでどのようにはたらくかにありそうです。小林さんは、がん予防を含めた健康増進のためのツールとしてのNrf2の活用法を解明していきたいと燃えています。

 ヒトの赤血球の数は26兆個といわれています。しかも1日に2000億個ずつ更新されており、4カ月周期で入れ替わっています。そのほか、白血球や血小板など、血液に含まれている血液細胞は、骨髄の中にある造血幹細胞によってつくられています。その造血幹細胞は、ヒトでは胎児期、ゼブラフィッシュでは孵化間近の胚の時期に血管からつくられることを、2010年にアメリカとフランスとオランダの研究グループが独立かつ同時に実証しました。ゼブラフィッシュの血管の上皮細胞が丸くなってくるくる回転しながらボンと飛び出す映像が公開されたのです。全部で20個くらいの造血幹細胞がそうやってつくられるようです。造血幹細胞が作られるのは、一生のうちのその時期だけです。小林さんは、造血幹細胞が少なくなる突然変異体の系統をつくり出しました。造血幹細胞が血管から飛び出せないせいなのか、飛び出した造血幹細胞が造血組織に生着できないのか、LSD1という酵素が関与していること以外、その理由はまだわかっていません。この酵素には、がん転移を促進する作用があることも知られています。じつはがんが転移する際も、がん組織から丸くなった細胞がくるくる回ってポンと血液中に飛び出すのです。つまり、ゼブラフィッシュで造血幹細胞がつくられない仕組みを解明すれば、がんの転移を抑えることが可能になるかもしれないのです。小林さんは、その仕組みに迫ろうとしています。