性ステロイドホルモンによる社会行動神経ネットワーク機能の制御

代表者 : 小川 園子  

研究の背景

 性ステロイドホルモンは、未成熟の脳では、社会行動を制御する神経ネットワークの構築に関わり、性成熟後の脳では、社会行動神経ネットワーク機能を調節することによって、様々な社会行動の適応的な表出を支えています。性ステロイドホルモンのうち、主に精巣から分泌されるテストステロン(アンドロゲンの一種)、主に卵巣から分泌されるエストラジオール(エストロゲンの一種)は、血流を通して脳に運ばれ、神経細胞に局在するアンドロゲン受容体、エストロゲン受容体を介して作用します。テストステロンの一部は、脳内で酵素アロマテースによりエストラジオールに「不可逆的」に変換(芳香化)され、エストロゲン受容体を介して働きます。脳内には、アルファタイプ(ERα)とベータタイプ(ERβ)
の2種のエストロゲン受容体が存在することが知られています。(図1)
 以前、私たちは、ERα遺伝子が欠損すると性成熟後に通常見られる「雌・雄」のマウスの社会行動の発現頻度が低下・消失するのに対し、ERβの遺伝子欠損では行動発現のタイミングや質の変化が起こることを見出しました。しかし、ERαとERβの各々が、 性ステロイドホルモンによる社会行動神経ネットワークの構築や調節に、「いつ」、「どこで」、「どのように」関わっているのかは十分に理解されていませんでした。

研究の成果

 最初に、成熟したマウスの脳内にある社会行動神経ネットワークの特定部位でERα遺伝子の発現を抑えること(ウイルスベクターを用いたRNA干渉法によるノックダウン)により、雄マウスの性行動と攻撃行動にどの
ような影響が見られるのかを検討しました。視床下部腹内側核のERα遺伝子をノックダウンすると、性、攻撃の両方の行動が減少し、内側視索前野では性行動のみが減少、内側扁桃体ではどちらも変化しないことがわかり、ERαの脳部位特異的な働きが明らかになりました。また、内側扁桃体では成熟後にERαをノックダウンしても影響が見られませんでしたが、性成熟前にノックダウンすると、成長後の雄マウスの性行動や攻撃行動が大きく減少することがわかりました(図2)。これは、思春期にERαを介してホルモンが働くことによって、社会行動神経ネットワーク構築が完成することを示唆する新しい発見です。一方、ERβをノックダウンすると、性
行動や攻撃行動は変化しないものの、雄マウスの雌マウスに対する選好性などに変化が見られました。さらに雌マウスでも同様な方法で解析したところ、扁桃体、視床下部、中脳などに局在するERαとERβが相互調和的に
働いて、性ステロイドホルモンによる雌タイプの性行動や出産後の子育て行動などの調節を支えていることがわかってきました。現在は、ERαやERβを発現している神経細胞がどのような神経化学的特性を持ち、適応的な行動が現れるときにどのような神経生理学的活動を示すのか、を調べています。

今後の展望

 「一生を通して脳に作用するホルモンの働き」は、ヒトの絆行動が現れる基盤にもなっています。今後も性、母性・父性、攻撃性・親和性を支える社会行動の神経生物学基盤に関する研究を通して、ヒトの社会性の理解や現代社会が抱えるヒトの繋がりに関する課題の解決に貢献していきたいと考えています。