生命環境系 中野 裕昭 助教
現在生きている動物は30~35の動物門に分けられます。私たちヒトは脊索動物門(尾索動物であるホヤ,頭索動物であるナメクジウオ,脊椎動物の3亜門からなる)の一員です。ホヤとヒトがなんで同じグループなのか不思議な気がしますが,ホヤの幼生はオタマジャクシのような姿をしていて自由に泳ぎまわるのです。動物の系統分類においては,成体の形だけでなく,発生の過程も重要な手がかりとなります。近年はそれに加えてDNAの解析データも重要な鍵です。脊索動物門と進化的に近い関係にあるのが棘皮動物門(ヒトデやナマコなど)と半索動物門(ギボシムシなど)で,脊索動物門を加えた3つの動物門は,新口動物(受精卵が分裂して体ができていく胚発生の過程で最初に肛門ができてから口ができる動物)と呼ばれています。
珍渦虫(チンウズムシ)は体長1~3cmで,脳も眼も骨も肛門もない原始的な構造をした,不思議な海の生き物です。1878年に発見されて以来,生態が知られることはほとんどなく,長らく渦虫(プラナリアなどを含む扁形動物)の「珍しい」仲間と考えられていました。ところが2003年,珍渦虫は新口動物だとする論文が発表されました。肛門もないのになぜ? ウミユリという棘皮動物の研究で博士号を取得したばかりだった中野さんは,その報告に興味を持ち,定期的に採集できる唯一の場所スウェーデンへの留学を決めました。そして,珍渦虫の観察やDNA解析などを行い,新口動物の中に,珍渦虫を含む珍無腸動物門という新しい動物門を2011年に提唱しました。つまり,分類学的には珍渦虫とヒトは近縁なわけで,珍渦虫を調べることで,ヒトがたどってきた進化の道筋に迫れるのです。
スウェーデンで珍渦虫が見つかる場所は,沖合の水深100mほどの海底です。繁殖期の冬に,船で沖に出て,海底をさらって採取した泥を濾した残渣の中から手作業で探し出すのです。そうやっても見つかるのは1回に数匹~数十匹。これを実験室で飼育・観察していたところ,口すら持たない楕円形の幼生の世界初の観察に成功しました。
珍渦虫の幼生は体を覆う繊毛を動かして活発に泳ぎ回り,5日ほど経つと成体と同じように水底を這い回るようになります。幼生は観察できましたが,卵から幼生になる過程,雄雌の区別,採食の仕方など,まだまだわかっていないことがたくさんあります。
現在,中野さんは,下田臨海実験センターで,スウェーデンから持ち帰った珍渦虫のデータ解析を進めると同時に,ウミユリや平板動物(平板動物門)の研究に取り組んでいます。これらも実に珍妙な生き物ですが,日本の海に生息しており,研究素材には事欠きません。平板動物は世界に1種のみですが,下田臨海実験センターでも中野さんが3年前に発見し,日本ではここだけで野生の平板動物の研究が行われています。その大きさは1~2mmほど,神経細胞も筋肉細胞もないという,珍渦虫よりもさらに単純で薄っぺらな構造をしています(細胞はわずか3層しかない)。単純すぎてかえって分類が難しく,電子顕微鏡観察やDNA解析により,ようやく複数グループの存在がわかってきました。やはり発生過程は未解明ですが,卵でも分裂でも増えるという変わった性質があり,今後の研究成果が注目されます。
ちなみに最近,アメリカ沿岸の水深2000~3000mあたりで,体長10cmほどもあるジャンボ珍渦虫が見つかったとか。海は底知れない驚きと謎に満ちています。小さな生き物に大きな謎が潜んでいると,中野さんは目を輝かせて語ります。
(文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)