#086:凛として的を射抜く

体育系 KRALIK ANDREA(クラリク アンドレア)特任助教

 アニメ、漫画、ドラマ、音楽などのポップカルチャーをきっかけに、日本に興味を持つ外国人は少なくありません。ハンガリー出身のアンドレアさんもそんな一人でした。その興味はだんだんと広がり、日本の伝統文化も知りたいと思うようになりました。小学生の頃からスポーツ好きだったアンドレアさんにとって、武道は日本文化への絶好の入り口だったそうです。体育教師を目指し、ハンガリーの大学で陸上競技を学んでいた頃、選手として伸び悩み、別の競技の1つとして始めたのが空手でした。そんなとき、日本から弓道の指導者が来てセミナーが開かれることになり、空手の先生の代理でたまたまそのセミナーに参加したのが運命の出会いとなりました。すっかり弓道にはまってしまったのです。

(空気までピンと張り詰める一瞬)

 近い距離からでも的に矢が当たると楽しいものです。3日間のセミナーでその楽しさを味わい、さらに持ち前のアスリート魂から、競技としての弓道で勝ちたいと思うようになりました。もちろんハンガリーに弓道場はありません。他の競技が使っていない週末や夜遅くの体育館でこつこつと練習を続けて5年、イタリアで開催された大会で、初出場ながら、団体2位、個人3位という成績を収めました。また、仲間といっしょに弓道教室を開いたり、弓道連盟を立ち上げるなど、ハンガリーでの弓道普及にも精力的に取り組みました。

 大学卒業後、高校の体育教師となったのですが、弓道以外にも日本への興味はますます募りました。いろいろな人から日本に関する情報を聞いていましたが、断片的な話だけではイメージがつかめません。アンドレアさんは、自分の目で日本を見てみようと、ハンガリーの日本大使館に奨学金を申し込みました。何年かトライしてようやく奨学金を手にし、体育教師の研修を目的に日本への留学が叶いました。国立大学で体育学としての弓道が学べる唯一の選択肢として、迷わず筑波大学を留学先に選びました。

 その後、筑波大で教員として弓道を教えることになりました。スポーツの指導は初めてではありませんが、弓道を専門に教えるというのは新しい経験です。体育の授業では初心者に、弓道部では選手に、教える相手やレベルも様々で、アンドレアさん自身の弓道に対する向き合い方も変わったといいます。自分が試合に出るためだけなら、自己流の技でも的に当たりさえすれば良いと考えますが、指導者となるとそうはいきません。まず正しく美しい基本の技を身につけさせること、そしてその上で、一人一人の体型や特徴に応じて修正していきます。また、弓道の歴史や道具に関する知識など、弓道全体を深く理解し、「道」を極める姿勢も求められます。そしてそこで、再び奇しき因縁に恵まれました。ハンガリーで最初に弓道を指南してくれた松尾牧則先生が筑波大学に着任することになったのです。

(最初の師松尾先生と筑波大学で再会した)

 弓道では、相手と組み合ったり、戦術を練ったりすることはありません。また、道具の形や機能も昔ながらのままで、競技スタイルも変わりません。流派によって、弓道場に入るところから弓を引き終わるまでの所作に多少のバリエーションはあっても、柔道や剣道のようにいくつもの決まり手があるわけではなく、弓を引いて的に当てることが技のすべて。自分の技だけで勝負が決まりますから、成功も失敗も自分に返ってきます。28m先の直径36㎝の的に4本の矢を続けて命中させるには、正しい動作をぶれずに繰り返すこと、つまり「型」をしっかりと修得し、集中力を保ち続けることが肝心です。スポーツの世界では、最新技術を駆使した科学的トレーニングが主流になりつつありますが、弓道の場合は筋トレやランニングなどの体づくりもあまり必要なく、型を体得するためにひたすら弓を引く地道な練習が中心になります。

 アンドレアさんは今も選手として練習し、試合に出続けています。競技に挑む者の気持ちを共有することは、指導における拠り所にもなります。技だけでなく、選手たちの日々の調子や気分の浮き沈みを見逃さず、適切に声がけをするなどのコミュニケーションや精神面のケアも指導者の大事な役割。そうやって厳しい鍛錬とプレッシャーを乗り越える力をつけていきます。弓道で培った力が人間としての成長につながることを願いつつ、自分自身も2018年に東京で開催される世界弓道大会を目指して、今日も凛として射位に立ちます。