芸術系 山本 早里 准教授
まちを見回すと、様々な色があふれています。建築物や案内板、広告など、それぞれの色使いがありますが、単にきれいな色、目立つ色だから良いというわけにはいきません。人々に不快感を与えず、全体として調和がとれていることが大切です。これが環境色彩。高層ビルの建ち並ぶ都会や、歴史的建造物が多い古都など、地域の性格によって調和する色も異なります。山本さんは、地域が元気になるような色、まちの環境色彩を研究しています。
その一例が、学内にある学生宿舎です。2011年のリニューアルに伴って、外壁の塗装も行いました。もともとは典型的な白のコンクリート壁でしたが、山本さんは、西川潔学生担当副学長(当時)監修の下、その一部をオレンジや黄色などにすることを提案しました。建物の色としてはやや奇抜ですし、複数の色に塗り分ける作業も手間がかかります。それでも実際にやってみると、これらのアクセントカラーによって宿舎の雰囲気は一気に明るくなりました。このような方法は、老朽化した団地の再生などにも応用できます。建物全体を建て替えるとなると大がかりな工事が必要ですが、配管などの設備と外壁の変更なら、工期も費用も少なくて済みます。壁の色を変えるだけで、そこに住む人々の気持ちが前向きになり、コミュニティも活性化されるとしたら、まちづくりとしては願ってもないコストパフォーマンスになります。学生宿舎のデザインは、建物再生の新しい試みであり、魅力的な景観に加えて、学生の刺激にもなると評価され、この年、公共の色彩を考える会主催の「公共の色彩賞」を受賞しました。
(外壁を一新した学生宿舎。2011年度の「公共の色彩賞」を受賞した)
このアイデアは、スペインのジローナという都市がヒントになっています。川に面した建物の色がカラフルなことで有名で、その街並みを見に、多くの観光客が訪れます。しかしそこは、かつては低所得者が集まる荒んだエリアでした。自治体が傷んだ建物を改修することになり、同時に壁を明るい色に塗り直したところ、まちのイメージが一変しました。川の対岸にあった商業施設も、これに合わせるように色彩を変えたところ、それが評判となりました。色のおかげで、思いがけず、まちおこしにもなったというわけです。
山本さんが西川元副学長と手がけた環境色彩は、つくば市内にもあります。つくば市の中心部を南北に貫くペデストリアンデッキ。散歩やジョギングなどで多くの市民が利用する遊歩道です。そのうち、つくば駅周辺の6kmの範囲に、周辺を案内するサイン約30基が設置されています。グレーや黒を基調にしたもので、現在地や駅までの距離などがすっきりと表示された案内板です。なにげなく置かれているようでいて、そこにはさまざまな工夫が施されています。グレーの色ひとつでも、周囲に建物が多いエリアと、木々が茂るエリアのどちらでも見やすいトーンのものを選びました。サインの大きさや情報量、設置場所や向きも、模型を作ったり、現地を実際に歩き回ったりして慎重に設計しました。利用者に適切な情報を提供しつつ、まちの雰囲気と調和した絶妙のデザインを心がけました。私たちは、それとは意識しないまま、考え抜かれた環境色彩の中で暮らしていることになります。
(つくば市のペデストリアンデッキに設置されているサイン(案内標識))
山本さんが環境色彩に関心を持ったきっかけは、ヨーロッパの美しい街並みでした。その美しさはどこからくるのでしょうか。天井の高さや窓の大きさにより、そこから受ける圧迫感や開放感がちがいます。同じ色でも、周囲の色との関係で印象が変わります。環境や色彩が与える心理的影響を学んだことで、まちと色への興味が広がりました。特に大きな建物は、外壁といえども、そう簡単には塗り替えられません。安易に採用された企業のコーポレートカラーが、街並み全体のたたずまいを損ねてしまう場合もあります。ファッションや商品パッケージなどは短期間でデザインが変わるものですから、大胆な色での冒険もできます。しかし、まちを形作る建築物は、色についても数十年先まで見据える必要があります。
そのためには、地域に特徴的な色を見つけることも大切です。その土地で産出する天然顔料や植物由来の染料などが、伝統的に建物や家具の中に使われている事例は珍しくありません。上述のジローナも、そこで採れる昔ながらの天然顔料の色がベースになっています。だからこそ、地元の人々が愛着を感じ、まちの力を引き出したのです。人工顔料が普及し、天然素材は逆に高価なものになっていますが、それらは地域特有の生活の知恵、そして物語でもあるのです。山本さんは、そういった素材を掘り起こすことで、地域ごとの色彩と活力を再発見していこうとしています。