科研費とともに拓く極限計測の世界

代表者 : 重川 秀実  
重川 秀実
筑波大学 数理物質系 教授
平成30年度に実施している研究テーマ:
「サブサイクル時間分解⾛査トンネル顕微鏡法の開発と応⽤」
(特別推進研究)

本稿執筆の話を頂き,初めて,科研費との関係を軸として研究生活を振り返る機会を持ちました。主に走査トンネル顕微鏡法(STM)を用いた研究に従事してきましたが,ここ20年程は,STMと量子光学,特に超短パルスレーザーの先端技術を組み合わせることで時間と空間の両領域で極限的な分解能を持つ新しい量子計測技術を開発し,ナノスケールの科学研究に応用する試みに力を入れています。少しずつ歩を進めることができましたが,科研費をはじめとする資金無くしては,とてもかなうことのなかった路であり,多くの人から頂いた力添えに対する思い同様,改めて深い感謝の念を持ちました次第です。
   卒業論文では,東京大学物理工学科,清水富士夫先生の研究室に所属しレーザーの先端研究にふれることができました。その後,大学院修士課程から兵藤伸一先生の研究室で表面科学に関わる研究に携わり,光電子分光を利用した時間分解測定を始めました。いずれも手作りの装置を開発しながらの試行錯誤の日々でしたが,両研究室での経験が今日の研究の核となる土台になっています。
   こうした中,科研費との最初の出会いは,修士課程の時代に実験に使う分光器や光源が必要となり,兵藤先生と当時助手を務めておられた木村正樹先生にお願いして研究費を得て頂いたことに始まります。採択が決まった際,皆で食事に出かけてお祝いした光景が思い出されます。博士課程1年次の夏に木村先生の後任として研究室の助手に採用されました。まだ,研究費を独立して申請するという意識は低く,連名で得た科研費で多重波高分析器等を購入し研究を進めましたが,これら仕事が博士論文まで繋がり今日の研究の基盤になったことを思いますと,科研費の大切さが身にしみます。
   30歳を超えた頃,米国ブルックヘブン研究所放射光施設のベル研究所のビームラインで放射光を用いた研究を経験し,帰国後,日本でも開始されていましたSTMの開発に加わる機会を得ました。翌年,原子像が得られた所で筑波大学物質工学系に移りましたが,その際,確か,分担者を務めていました重点領域と呼ばれていた科研費で,パソコンと周辺器機を購入したように思います。当時はプリンターが30万円程,20MBのハードデイスクが20万円程もして,個人にとっては大きな買い物が新しい研究生活のスタートでした。このパソコンは,論文を出す上でも大いに活躍してくれ,その後,今日まで続く科研費申請に向けてのスタートにもなりました。
   共同実験を可能にする旅費に加えて装置の立ち上げ資金も必要で,重点領域,奨励研究(A),一般研究(C)等への申請とあわせて,仲間の若手教官と競争を楽しむ形で,多くの民間研究費にも応募していたことを思い出します。結果を思い描きながら夢を整理しまとめる作業は,研究者として楽しい時間であるとともに,いろいろな面で,その後のCRESTや基盤(S)など大型研究費獲得のための準備になりました。ただ,当時は,皆,自らの意思での挑戦でしたが,最近では,どの大学も運営費交付金の減額のため外部資金獲得が大きな目標となり,申請すること自体が評価の対象になることもあると聞きます。折に触れ自身の研究を見つめることは非常に重要で,また,背を押されることで踏み出せる面もありますが,一方で,落ち着いて研究や教育ができる環境の大切さも忘れてはならないと感じます。一度,立ち止まり,皆で世界の中での日本のあり方,進むべき路を考える時なのかも知れません。
   最近,科研費審査の仕組みが大きく変わりましたが,丁度この変革の中,学術システム研究センターの専門研究員を務める機会を持ちました。新しい仕組みで導入された大きな変化の一つに,大型の予算は専門を越えた幅広い分野(区分)の研究者により審査するという試みがあります。申請者には,仕事の質の高さに加え,その内容を分野が異なる審査員に分かり易く説明することが求められますが,一方で,申請者の仕事を正しく評価するには,審査員として専門的な内容を理解する素養が必要になることも確かです。時間はかかるかも知れませんが,他分野の仕事に触れる中で,自身の研究者としてのセンスを研ぎ澄ます努力が大切になることと思われます。
   審査の仕組みが複雑になるにつれ審査員の仕事も大変さを増します。先にふれましたように,本来,研究費のあるべき姿を考えることが第一ですが,直ぐには難しく,申請者を絞るか審査員を増やすか,といった議論も耳に届きます。前者は,無理矢理応募する状況は見直す必要がありますが,研究者の意識を変え研究の質を向上させるという意味では抑えにくいところもありそうです。とはいえ,審査員を大幅に増やすことも現実的には困難と思われます。審査を依頼される研究者は,皆さん,成果を出し忙しくされている方が多いことと思いますが,日本の科学研究の発展の為に,審査員への就任をできるかぎり断らない,とする姿勢が望まれそうです。
   現在,特別推進研究として,これまで開発してきた技術を遙かに凌駕する新しい試みを実現すべく努力を続けています。その先に拓ける更なる展開も夢見つつ,科研費への恩返しの気持ちも込めて,是非とも大きな成果につなげたいものと願っています。