#102:見る人のデジャビュ感覚を呼び起こしたい

代表者 : 星 美加  

 

芸術系 星 美加 助教

オフィスにお邪魔すると、3点の作品がイーゼルにかけられていました。いずれも鮮烈な光景を描いた作品です。フィレンツェで開催した個展「le memorie del vento-風の記憶-」を終えて持ち帰ったばかりの作品の一部だそうです。教員であると同時に画家である星さんの作品は、どこか寂しげで幻想的な光景で知られています。あるときふっと降ってくる絵のモチーフの多くは、夢などで見た印象的な風景、記憶の中の風景、寂しくて切ない風景なのだとか。過去の個展に「メメント・モリ」(死を忘れるな)というタイトルをつけたこともあるほどです。実際に体験したわけではないのに、本や写真集で見た風景までもが折り重なり、まるで原風景のように懐かしく感じるのだといいます。

(小屋に向かってはだしで歩く女性はどんなドラマを生きているのだろう。
 ファミリーアルバムにこぼれたインクは何を意味するのか。星さんの絵は、
 さまざまな想像をかき立てずにおかない。)

星さんは、子供の頃から絵画教室に通っていたのですが、筑波大学芸術専門学群では彫塑コースを専攻しました。人体像を作ることがひたすら楽しかったといいます。公募展で賞ももらいました。しかし、大学院では洋画コースに転じました。絵のほうが、自分なりの世界観をもっと自由に表現できると考えたのだそうです。大学院では創作を続けると同時に、3次元CG画像で下絵を制作する技法の研究をしました。モチーフの立体感や陰影、作品の構図をパソコン上でシミュレーションする技法です。イタリアのフィレンツェで研修する機会を得た際にはテンペラ・グラッサという技法を学びました。テンペラ・グラッサというのは、卵と油と顔料を混ぜた絵の具で、ルネサンス期には多用されていました。半水性・半油性なので、他の画材を重ね塗りすることも可能です。これにより、星さんの絵画制作は、油彩、アクリル、テンペラ・グラッサなどを適宜組み合わせたものと幅が広がりました。油彩の場合も、厚く塗ると厚みがじゃまになって細部が描けなくなるため、厚く塗ることはないそうです。スチール写真のように風景を切り取った作風の裏側には、そうした手法があるようです。最近は、銀箔を硫黄で焼いて黒変して使うことに凝っているとか。いぶし銀が、キンキラな西洋に対してどこかしら東洋的、日本的な雰囲気を醸し出します。

星さんは、洋画に転じてからも早い時点で賞をもらったことで、絵を描いて生きていく自信がついたそうです。それでも、2年間ほどは、アトリエに引きこもってひたすら絵を描き続ける孤独で辛い時期もあったとか。2013年には、文化庁新進芸術家海外研修制度の研修員としてフィレンツェに滞在し、充実した1年を過ごすことができました。帰国すると、母校の筑波大学で、文化庁の委託事業「時代の文化を創造する新進芸術家育成業」の企画運営を担う助教に就任しました。作家としてだけでなく、今度は後進を育てる側にまわることになったのです。

同事業では、平成25年度から4回にわたり、芸術系コースをもつ大学に呼びかけ、在学生(大学院生以上)および修了生のなかから、絵画、版画、彫塑、書の美術分野で精力的に創作に取り組んでいる概ね35歳以下の美術家に出品してもらい、新進芸術家育成交流作品展「FINE ART/UNIVERSITY SELECTION」を開催しました。この取り組みは、最終的に参加大学が国内の大学76校および国外の大学18校になり、全国の大学間ネットワークがほぼできあがりました。そこで平成29年度は「ファインアート・ユニバーシアード U-35展」と銘打ち、総仕上げを行いました。平成30年度は、学内の教育推進プロジェクトとして「アーティスト・イン・レジデンス」プログラムを実施しています。これは学生の企画運営により、学内と学外それぞれ4名ずつの作家を選び、学内に1週間滞在してもらって創作し展示するというものです。この企ては、アーティスト育成だけではなく、アートマネージメントの研究実践の場でもあります。芸術支援コースの教員と学生も企画運営に参加しています。

そうした企画運営のほか実習講義で忙しい星さんですが、絵筆を握るとき、自分はつくづく絵を描くのが好きだと実感するとか。そしてこれからも海外で作品展を開催したいと考えているそうです。

(フィレンツェでの個展の準備風景。学生に同行をお願いし、展示作業を手伝ってもらいました。)

(フィレンツェでの個展のオープニング風景。)