体育系 浅井武教授
サッカーJリーグ開幕から20年。筑波大学はゴン中山こと中山雅史さんほかたくさんのJリーガーや日本代表選手を輩出しています。
サッカーの人気は世界的に相変わらずですが,近年の傾向として,ボール,ユニフォーム,シューズなどのデザインや色彩が派手になってきています。例えばボールは,昔は白一色でしたが,1960年代から,黒い五角形のパネル12枚と白い六角形のパネル20枚を張り合わせたボールが一般的となり,カラフルなデザインも登場するようになりました。また,製造法の改良も進み,完全な球形に近いボールの製造が可能になりました。その結果,ボールの空気特性も変わってきました。
浅井さんは,筑波大学サッカー部の選手時代はサイドバックのプレーヤーでした。研究者,指導者となって以降は,コーチング学のほか,キックの技術,肉体の科学など,スポーツ科学の研究に取り組んできました。キックしたボールの速さと飛距離は,足のどこでどれだけのインパクトでボールを蹴るかで決まると浅井さんは言います。つまり,スピードと距離を出すには,足のできるだけ硬い部分で,できるだけ速いスピードで蹴ればよいというのです。単純に聞こえますが,それに回転やコントロールをつけて自在に操るためには,筋肉を鍛練すると同時にテクニックを磨くための練習をするしかありません。単調な練習をこなすには,目標を持って効率的に取り組むためのコーチング法も重要です。もちろん,シューズも関係してきます。浅井さんの研究は,メーカーとの協力の下,シューズの改良にも広がりました。そしてさらには,サッカーボールの飛び方に関する研究にまで。
FIFA(国際サッカー連盟)公認のサッカーボールは,ワールドカップのたびにデザインが更新されてきました。最近の大きな変更は,2006年のドイツ大会でした。それまで五角形のパネル12枚と六角形のパネル20枚,計32枚のパネルを張り合わせたボールから,14枚のパネルを張り合わせた「チームガイスト」というボールが登場したのです。そして2010年の南アフリカ大会では,パネルの数が8枚に減った「ジャブラニ」というボールが採用されました。
パネル数の減少は真の球形に近いボールという開発目標を突き詰めた結果です。しかし,球形に近づいて空気抵抗が減ったことで,無回転キックをした際,ボールが予期せぬブレ方をするという特徴を持ってしまいました。本田圭佑選手の無回転シュートを思い出す人も多いことでしょう。しかし予測不能のブレ方をすることは,メーカーとしては不本意なはず。ロンドンオリンピックの公式球「アルバート」では,技術的な改良を加えた上で,再び32枚の変形パネルを張り合わせたボールになりました。2013年のJリーグ公式球でブラジルで開催されたコンフェデレーションズカップ2013でも使用された「カフサ」もそれと同じく32枚のパネルを張り合わせたボールです。
浅井さんは,山形大学との共同研究で,「カフサ」の空気力学(空力)特性を計測しました。筑波大学にはスポーツ用具の空力特性を計測できる風洞実験施設があります。これは,最大風速毎秒55メートル(時速198キロ)まで出せるほか,微妙な調整も可能な国内有数の風洞実験装置です。この装置を用いて測定した結果,カフサは,中速領域(時速40~68キロメートル)ではガイストやジャブラニよりも空気抵抗が小さくてスピードが出やすい一方で,高速領域(時速72~104キロメートル)ではガイストやジャブラニよりも空気抵抗が大きいことがわかりました。また,初速が時速60キロメートルではカフサの方が飛距離が長く,初速が時速100キロメートルではカフサの飛距離の方が短くなることもわかりました。あえて言うなら,カフサは,日本代表のように,中速領域での速いパス回しに有利なボールで,高速のロングボールを相手陣地に蹴り込んで攻め上がる作戦ではジャブラニなどの方が有利なようです。また,種類の異なるボールの比較から,パネル接合部の総延長距離が長いほど,予測不能なブレを生む乱流が発生しにくいこともわかりました。パネル数32枚に戻ったカフサは,パネル数14枚や8枚のボールよりもパネル接合部の長さが長いことから,ブレ球になる可能性が少ないことになります。
浅井さんの研究対象は,自転車競技やスキージャンプのウェアの空力特性にまで広がっています。研究室には各種サッカーボールのほか,さまざまなスポーツ用具が所狭しと並んでいます。そして壁には,アインシュタインのポスターが。そのわけを聞いたところ,ポスターに添えられた「数学が苦手でもくよくよするな」というアインシュタインの名言がぐっと来たのだそうです。空力特性の研究には,スポーツ科学だけでなく,数学を用いる流体力学の素養が必要です。必ずしも数学を得意としない浅井さんにとって,アインシュタインのその言葉が座右の銘とのことでした。サッカー選手へのアドバイスを求めたところ,用具はさておいて,上達するには合理的な練習に尽きるそうです。サッカーに限らず,肝に銘ずべき言葉です。