数理物質系 桑原 純平 准教授
太陽の光エネルギーを電気エネルギーに変換するのが太陽電池です。光をすべて電気に変換できれば理想的ですが、今のところ最大変換効率は40%程度が限度で、しかもシリコンなどの無機材料で達成されています。無機材料は、劣化しにくく、数十年に渡る屋外使用に耐えることから、住宅の屋根やメガソーラーなど、大きな面積で据え置きができる場所での発電に適していますが、硬くて重いことが難点。曲面に加工して車の屋根に搭載したり、モバイル電池として気軽に持ち運ぶような用途には不向きです。
桑原さんの研究テーマは、有機物である高分子材料(プラスチック)でできた太陽電池です。高分子材料は、軽くて、フィルムなどいろいろな形に加工できるという特徴があります。世界中で有機太陽電池の開発競争が繰り広げられていますが、いちばんの開発目標は、いかにエネルギーの変換効率を上げるか。様々な高分子材料が探索され、近年はエネルギー変換効率14%程度を示すものも出てきました。とはいえ、無機材料にはまだまだ及びませんし、大量合成の点でも実用化には課題があります。
この開発競争を横目に、すでに見つかっている有望な化合物を、より効率的に合成する方法を開発しようというのが桑原さんのアプローチです。太陽電池に適した分子構造や特性は、理論計算によってある程度の予測が可能です。しかしそれを実際に合成するのはまた別の話。これらの化合物に共通な基本構造は、共役系高分子という、炭素−炭素の単結合と二重結合が交互に連なったものです。しかしそこに、求める特性を組み込んでいくと、分子構造はどんどん複雑になり、その合成には何段階ものプロセスが必要となっていきます。副生物の生成を避け、より多くの目的物を得るには、できるだけ簡単な合成法を見つける必要があります。
炭素−炭素結合を作る簡便な方法としては、2010年にノーベル賞を受賞した「クロスカップリング反応」が有名です。しかし、錫やホウ素といった金属原子を含む原料を用いるため、面倒な合成プロセスが含まれ、副生物の生成は避けられません。そこで桑原さんは、錫やホウ素を使わずに同様の反応を起こす触媒と、その触媒が十分に働く反応条件を見つけるべく研究に取り組み、ついに独自の合成方法の開発に成功しました。入手が容易な物質から目的化合物が得られ、副生物も無害で簡単に分離できる優れものです。
(開発した太陽電池の有機材料。可視領域の光をほとんど吸収しているため黒色をしており、太陽光スペクトルの広い範囲を吸収できる。)
さらにこの方法では、従来のクロスカップリング反応より反応効率が高く、得られる高分子化合物の分子量が格段に大きくなります。高分子化合物は、基本の単位構造の連なりでできていますが、その単位構造がいくつ連なるか、また、直線状に連なるか、あるいは分岐するかによって、生成物の性質が異なります。電池材料としては、直線状のより長い高分子の方が、優れた特性を示します。また今回の方法では、副生成物が分離しやすく高い純度の高分子が得られることからも、高品質の材料の提供が可能になりました。事実、従来の方法で合成した高分子のエネルギー変換率が0.5%程度だったのに対して、桑原さんたちが合成したものは4%という高い変換効率を示しました。分子量と純度を向上させることで、材料が本来持っているポテンシャルが引き出されるという新たな発見は、国内外の研究者からも大きな反響を呼びました。
有機太陽電池は、既存の無機太陽電池に置き換わるのではなく、柔軟性やモバイル性が求められる別の用途での活躍が期待されています。たとえば、カバンに組み込んで出先でスマホやパソコンの充電をしたり、家の中の家電を制御する際のセンサーの電源や、非常用の電源としても有望です。多少、変換効率が低くても、小さな電力としての使い道は私たちの身近にたくさんありそうです。
桑原さんが化学合成に目覚めたのは大学院生の頃でした。自分にしか作れない物質ができた瞬間、その楽しさにはまったと言います。筑波大に着任し、それまでの知識と経験を高分子合成に生かしたいと考え、当時、需要が高まってきた太陽電池をターゲットに設定しました。それまで太陽電池には特に興味はありませんでしたが、いざ研究を始めてみると、きちんと合成したものは良い結果を示す、つまり自分たちの合成の「腕」や反応条件の設定の真価が問われることを実感し、それがモチベーションになりました。つくばは様々な研究機関や企業が近接していて、アイデアを交換したり、協力が得やすいというのも魅力です。高分子材料のポテンシャルを追求しつつ、自分らしい次の研究テーマも探っています。
(太陽電池材料とは別に新たに開発を進めている藻類オイルを原料とする有機材料。バッテリーの材料になることが期待されている。)