#107:ワイヤレスで世界が変わる

代表者 : 嶋村 耕平  

システム情報系 嶋村 耕平 助教

電気自動車の開発が進んでいますが、いちばんのネックはバッテリーの重量です。走行距離を延ばすには大きなバッテリーを積む必要がありますが、そうなると重量が増し、値段もはります。かといって電気コードを引きずって走るわけにもいきません。そこで期待されているのが、ワイヤレス給電です。これは、2007年にマサチューセッツ工科大学の研究チームが磁界共鳴型ワイヤレス電力伝送装置を初めて実現したことで、一気にブレークしました。たとえば、道路に給電装置であるコイルを埋め込み、その上を走る車の中で電流を発生させるという仕組みです。スマホのワイヤレス充電器も、小規模ながら、この磁界共鳴方式を用いています。

それに対して、電波を飛ばしてそれを電気に変える方式もあります。電磁誘導や磁界共鳴方式に比べ、遠距離のワイヤレス送電が可能となります。しかも、飛ばす電波の周波数が高いほど、電波はレーザーポインターのように直進するため、ピンポイントでの送電が可能になります。移動通信の世界では、次世代通信「5G」への高速化が検討されています。そうなれば、携帯通信の速度は現在の100倍以上となり、100GHzを超える周波数帯域幅が新たに確保されることになりそうです。

(研究室は工作室でもある。)

それはまだ近未来の話ですが、嶋村さんの研究室では、将来を見越し、世界で初めて、100GHzより高い周波数帯でのワイヤレス給電に使用可能な受信回路を開発しました。それは、アンテナ(Antenna)と、交流の電波を直流に変える整流回路(Rectifier)が一体化したもので、両者の名前の一部を取ってレクテナ(Rectenna)と呼ばれています。さらには、福井大学遠赤外領域開発研究センターが開発した、100GHz以上の大電力マイクロ波送電が可能なジャイロトロンを用いて3メートルの距離でのワイヤレス給電実験を行い、303GHzでのワイヤレス給電に成功しました。しかも、レクテナ回路の面積当たりの直流出力電力(レクテナ電力密度)に関しては現時点での世界最大値を記録しました。これまでの電波によるワイヤレス給電の研究では、従来の通信マイクロ波帯(数100 MHz~5.8GHz)における研究例がほとんどでした。それは、実用化の問題によるものですが、周波数を上げるにつれてレクテナ回路の効率が低下することが知られており、100 GHzを超える実験は難しいとされていたこともあります。したがって嶋村さんたちの成果は、固定観念を打ち破ったことになります。実験に用いたジャイロトロンは、核融合技術の一環として開発が進められているマイクロ波(電磁波)発生装置で、いうなれば巨大な電子レンジです。

(今回、世界最高最大値の電力密度を更新したレクテナ回路。
周波数が高いほど回路は小さくできるという利点がある。)

嶋村さんの当面の目標は、ドローンへのワイヤレス給電です。既存のバッテリー方式では、飛行時間が限られてしまいますが、ワイヤレス給電ならばいつまでも飛び続けることができます。これができれば、空飛ぶタクシーも夢ではありません。さらには、飛行機やロケットを燃料なしで飛ばすことも可能になるかもしれません。ロケットは、たとえばマイクロ波でプラズマエンジンを燃焼させる方式が考えられます。稀有壮大な計画ですが、ロケットに装着したレクテナを追尾する技術も研究し、小規模ながらロケットの打ち上げ実験もしています。筑波大には、レクテナ回路を製造する微細加工装置があるほか、プラズマ研究センターには小型のジャイロトロンもあります。そのほか、関連分野の研究者との連携がとりやすい環境があります。

(はやぶさ2の試料格納容器の模型。JAXAとの共同研究も行なっている。)

嶋村さんは、飛行機やロケットを飛ばす技術への興味から研究をスタートさせました。そこから守備範囲をどんどん広げてきたのです。趣味も多彩で、研究室の書棚には、高山植物や鳥類学の本なども並んでいます。山登りに凝った時期があり、そこから植物や野鳥、さらには俳句にまで興味が広がったといいます。研究室の学生は12名で、それぞれのテーマも多様です。学生指導に役立つかと思い、野球コーチングの本も読破したとか。凝り性で多趣味という性格を強みに、挑戦的な研究を開拓中です。