医学医療系 佐藤 幸夫 教授
明太子などでおなじみのスケトウダラから取り出した物質が、医療現場で活躍する日がやってきそうだ。佐藤幸夫教授(医学医療系)らと物質・材
料研究機構(NIMS)田口哲志グループリーダーらの研究チームは、スケトウダラ由来のゼラチンを使い、従来品より高性能の肺手術用接着剤
を開発した。患者の術後管理が容易になり、合併症などの危険を減らすことが期待されている。
がん治療で肺切除手術をすると、肺の表面を覆う胸膜に穴が空く。糸で縫い合わせても、切除部分からの空気漏れは完全に防げないことも多い。
このため、ヒトの血液から作った接着剤「フィブリン製剤」で穴を塞ぐ処置がされている。
しかし、フィブリン製剤は接着強度が低く、伸縮もしにくいことが課題となっていた。このため,呼吸に伴う肺の拡張・収縮に耐え切れず、切除部
分から空気が漏れ入院期間延長や肺炎などにつながる危険性がある。
田口博士らのグループは新たな接着剤の開発に着手した。注目したのが、冷たい海に生息するタラのゼラチンだった。
ブタやウシのゼラチンは低温ではゼリー状に固まるが、タラのゼラチンは低温でも液体のままだという特徴があった。
具体的には、タラのゼラチンにのポリエチレングリコール(PEG)系の化学物質を加えると硬化する反応を利用し、高性能の接着剤を開発する
ことに成功した。ゼラチンには、肺の組織に接着しやすくなる物質を結合させるなどの工夫も施した。
これら2種類の物質を注射器に似た装置で切除部分に器官組織に噴射し、混合させると、わずか5秒程度で硬化する。
タラ由来のゼラチンなら、温めずに、手術中にすぐに接着剤として利用できるのも利点だ。
佐藤教授らは、直径10㍉の穴を開けたブタの肺をこの接着剤で塞ぎ、性能を調べた。肺に空気圧を加える実験では、スケトウダラ由来の接着剤はフィブリン製剤の2倍以
上の耐圧強度があった。
また、肺を拡張する実験では、タラ由来は肺の表面積が2・5倍に膨らんでもはがれず、フィブリン製剤の2倍以上の追従性を示したという。
今後は動物実験を重ねて、短期的および長期的な有効性や安全性を実証する予定だ。 佐藤教授は「将来的には肺以外の器官への応用も考えている。高い耐圧
性が確認されれば血管などにも使用できるのではないか。この成果をつくば発の画期的な手術用接着剤の開発につなげたい」と話している。