[Movie] 21世紀をコンピュータによる「奴隷の世紀」ではなく「魔法の世紀」に

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プロジェクト名:21世紀をコンピュータによる「奴隷の世紀」ではなく「魔法の世紀」に

 

“現代の魔法使い” 落合陽一とは?

  こんにちは、落合陽一です。僕は「コンピュータ研究者」と「メディア芸術家」の、二足のわらじを履いて生きています。最近では、”現代の魔法使い”と僕を呼ぶ人もいます。僕が生涯をかけてやりたいことは、21世紀の思想を作っていくことです。思想と言うと難しそうに聞こえますが、21世紀の時代を支えるような考え方とものづくりを目指しています。

そのために、二つのアプローチをとっています、一つは発明によって描き出される文化的側面を追求していくこと、その中で作品発表や展示などの形で具体的に提案すること、もう一つは、それらを定期的に思想としてまとめたり工学的な研究論文として発表していくことです。そのために、工学的アプローチで発明し続けていくために大学で研究をしながらものづくりをしています。そういう発明やものづくりが昔から好きです。

両親は、 僕が生まれたときに、電気の「+」と「-」から「陽一」という名前をつけたそうです。 その影響からか子供の頃から理科が好きで、簡単な実験に没頭したり、 大学の研究室に遊びに行ったりしながら育ってきました。その一方でアートにも強く惹かれ、学生の頃からメディアアートの分野で作品を発表してきました。

筑波大学の助教として、通称デジタルネイチャー研究室という自分の研究室で、人間中心だった社会が変化したあとのコンピュータと自然物(人間を含む)がごちゃ混ぜに混ざり合った世界を想像し、人とコンピュータとの関わりを今からどうやって変えていくか、そこに必要な技術は何かということを、文化の面と工学やサイエンスの面から、次代を担う学生たちと共に日夜探求しています。思想の枠組みを作っていくには、そしてそれを世界に出していくには多くの学生を育てていく必要があると考え、企業研究所ではなくて大学というポジションを選びました。

 新しい自然観「デジタルネイチャー」

  今さまざまなところで,人工知能やIoTといったような流行語が取り上げられていますが、最近は人工知能のもたらす悲観的なディストピアを想像した人から、「じゃあ、どうやって生きたらいいんですか。人間は必要なんですか。」と質問を受けることがよくあります。人とコンピュータはどちらがどちらかを飲み込むのか?コンピュータを道具のように使い続けることができるのか?それとも人間がコンピュータの奴隷のような存在となるか?

現代はすでに「人間とそれ以外に分ける」という人間中心の昔ながらの二分法では捉えきれません。コンピュータが制御するモノとモノ、 あるいは場と場の新しい相互関係によって作られ、人間とコンピュータの区別なくそれらが一体として存在すると考える新しい自然観を「デジタルネイチャー」と呼んでいます。

虚構の消失。デジタルとアナログの区別がない世界

  僕は、人とコンピュータが敵対関係や上下関係でなく共生できる未来のために、その形を表現し、要素開発を行ってます。例えば、工学の面では、どうやってコンピュータの形をなくしていくか、という研究をしています。

データで表現される世界、コンピュータグラフィックス(CG)は、今までは画面の中にあるものでした。例えば、ディズニー映画の『アナと雪の女王』では、エルサが空に掲げた手に雪の結晶が舞う。これまでCGで表現していた「見えない力でものを操る」ようなことを、僕は画面の外、つまり我々が今生きている現実世界で表現しようとしています。

その中で例えば僕は、「超音波によって物体を空中で動かす」研究をしてきました。合計1140個の小さなスピーカーを使って超音波による空間を発生させ、それをプログラミングで制御することで、空中に浮かせた白いビーズを三次元的に自由に動かしています。この技術を使えば、例えば大量の水を浮かせてそこに投影したり、空中に「触覚ある映像」を作ることも可能になります。

また以下では、「空気中に触れる立体像を表示」させる研究を行っています。短時間(100兆分の3秒)に強力なレーザーを集中照射することによってプラズマの三次元の絵を空中に描く。手で触れても大丈夫なくらいのエネルギーに落としたレーザーを用いることで、指で遮っても皮膚にほぼダメージがなく、プラズマによるわずかな衝撃でピリッとした触った感覚があります。また、触れたことを判定し、その瞬間に立体映像を反応させることもできます。

「魔法の世紀」へ

21世紀は、リアルとバーチャルの対比が、コンピュータによって踏み越えられ、作り替えられる世界になります。今まで映像の中でしか見られなかった事柄が、物質世界に飛び出し体感されるような時代を「魔法の世紀」と僕は呼んでいます。

僕は、コンピュータは好きですが、今の形ある姿が嫌いです。例えば、スマホは重いし、充電しないと動かないし、画面という狭い枠に限定されていて臨場感がない。頭に装着して映像を表示するようなウェアラブル装置もありますが、次の50年を見据えて「仮想世界を覗くのみの」技術開発ではなく、「現実と見分けがつかなくなるような何か」を物理世界につくりたいと思っています。

僕たちが魔法や特殊効果を、ハリウッドのCGなら、コンピュータの中でなら自由にできる、と仮想物体ベースで考えていたことを、これからの子どもたちは実体ベース、現実世界ベースで考えられるようになる。そういうふうに思考の枠組みを変えていきたいんです。

「これからの世界」をつくる人

人工知能が人間を超える瞬間のことを、未来学者のレイ・カーツワイルは「シンギュラリティ(技能的特異点)」と名付けました。シンギュラリティはまだ完全には訪れていません。でも、すでにコンピュータに取って代わられた人間の仕事はたくさんあります。いまの社会では、人間がコンピュータの「上司」のように振舞っている場面さえある。そういう時代に、人間には一体どんな価値があるのか、人間がコンピュータに対してやるべきことは何か。僕自身、まだ明快な答えは出ませんが、将来を生きる若者達のためにはそういう大きな問題を真剣に考えるべきでしょう。

若者達が身につけるべきは、自分の考えをロジカルに説明して、ロジカルにシステムを作る能力。抽象的な教養やアイディアだけあっても、何もできません。「実装」と「アイディア」が個人の中で接続されることに価値があるのです。そこを鍛えなければ、シンギュラリティの世界に適用する人間にはなれません。それは、「コンピュータと人間が相互に補完しあってそれ以前の人類を越えていく時代」だからです。お互いにできることを示さねば、片側に吸収されてしまうのです。

クラウドファンディングによる研究助成手法を導入

本プロジェクトで集められた寄付金は、筑波大学・デジタルネイチャー研究室の1〜3年生の研究教育用の試作予算に主に充てられます。

本来、大学の研究室の半分の目標は教育なので、未来をつくる若者達にしっかり投資して、研究させられる場が必要ですが、そういったお金の取り方はなかなかできません。僕個人は、研究者として作りたいものがあり、予算も獲得することができます。

しかし、うちの研究室の学生は僕とは違うことをやって育っていって欲しい。発案、実装、成功や失敗を高速で繰り返す経験は人を育てます。研究教育を行い、世界のトップレベルの成果を狙うことは、学生にとって又とない経験になるはずです。そういった思いから、僕のプロジェクトで得た予算や科研費を、学生達のやりたい研究といかに共有できるか、どんな物品なら提供できるかを常に会計の人と相談しながらやっているのが現状で、本当はもっと純粋に学生の研究に投資して欲しいと思っています。そういう仕組みが必要だと思い、今回、クラウドファンディングによる研究助成手法を導入します。それによって次世代の人材を育て、社会に供給したいと考えています。