トマトの果実デザイン研究最前線

代表者 : 江面 浩  
トマトの果実デザイン研究最前線

江面 浩 
(えづら・ひろし)

筑波大学 生命環境系 教授/つくば機能植物イノベーション研究センター長

画期的なゲノム編集技術の登場

画期的なゲノム編集技術であるクリスパー・キャス9(CRISPR/Cas9)システムが2013年**1に登場した。これにより、ゲノム編集技術が熟練技術者から一般技術者のツールへと一気に進化した。ゲノム編集技術を活用すると、標的とした遺伝子領域に新しい遺伝子変異を迅速かつ精密に創生できることや、形質を導入したい品種に直接ゲノム編集技術を施すことで、通常の交雑育種で必要な戻し交雑が不要となるなどの利点がある。そのため、放射線照射や化学薬剤処理によりゲノム中にランダムに遺伝子変異を創生する従来の突然変異育種技術に比べ、育種時間を大幅に短縮できることから、新しい育種技術、いわゆる「植物デザイン技術」として期待が高まっている。本稿では、トマトを事例とし、ゲノム編集技術を活用した農作物の品種改良の最前線について紹介する。

なぜトマトか

トマトは世界で最も多く生産されている野菜である。トマトの起源はアンデス山脈地域とされ、メキシコに持ち込まれ栽培化と食用化が始まったとされている。その後、新大陸発見の戦利品として16世紀に欧州に持ち込まれ、初めは観賞用として栽培されていた。欧州では、18世紀になって食用栽培が始まったとされている。わが国には17世紀半ばに伝来し、しばらくは観賞用に栽培されていた。その後20世紀(明治時代後期)に入り、農作物として栽培が始まった。トマトは農作物の栽培の歴史を考えれば、新しい品目といえる。なぜ短期間に世界中に栽培が広がったかについては諸説あるが、「トマトが赤くなると医者が青くなる」という言い伝えがあるように健康機能性が高いこと、グルタミン酸やアスパラギン酸など「うまみ成分」が豊富なことなどが理由として考えられる。一方、トマトは世界中のさまざまな地域の環境で栽培されるようになったことから、多様な特性を持った品種が必要となっており、高速育種技術の潜在的ニーズが極めて高い品目である。

トマトの変異体研究から何が分かったか

トマトは、潜在的な育種ニーズのため、耐病性、果実形、収量性、糖度、あるいはアミノ酸やカロテノイドなどの代謝産物についての育種研究が精力的に行われている。とりわけ2012年にトマトの全ゲノムDNA配列が解読されて以降**2、重要な育種形質(性質)に関する遺伝子の機能解明が急速に進んでおり、産業研究においてもその活用が期待される作物でもある。われわれの研究室では、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が実施する「ナショナルバイオリソースプロジェクト」の支援の下、これらの遺伝子研究を加速するため、トマトの大規模変異体集団を開発し、世界中に変異体の提供を行うとともに、自らも重要育種形質に関わる遺伝子研究に取り組んでいる**3。その結果、特定の遺伝子に生じた一塩基置換など、小さな遺伝子変異がトマトの重要育種形質の改良に寄与できることが明らかになってきた。例えば、エチレン受容体遺伝子の特定領域に一塩基置換が入ることで果実の日持ち性が大幅に向上すること**4図1)、機能性成分の生合成遺伝子に一塩基置換が入ることで当該機能性成分が大幅に増加すること**5などである。そのほかの重要育種形質についても、同様の知見が集積している。

図1 トマトのエチレン受容体遺伝子(SlETR1)の膜貫通領域に一塩基置換変異が生じる(A)と果実の日持ち性が向上する(B)

SIPが農作物へのゲノム編集技術の利用を加速

内閣府は、画期的なゲノム編集技術の登場や重要育種形質をつかさどる遺伝子情報の集積を背景に、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の中で、主要な農林水産物を対象にゲノム編集技術を活用した次世代育種技術の開発と、その技術を活用した「ものづくり」の研究開発に取り組んだ。技術開発では、広範囲の標的遺伝子領域に変異導入可能な技術**6や、切らずにゲノム編集を行う技術**7など、国産の改良型CRISPR/Cas9システムの開発に成功した。「ものづくり」では、超多収イネ、高付加価値トマト、毒のないジャガイモ、養殖しやすいマグロなどの開発に取り組んだ。その結果、後述するGABA高蓄積トマトなど社会実装を目指すことのできる作物の開発にも成功している**8。わが国は、ゲノム編集技術の基盤技術開発では欧米諸国の後じんを拝したが、SIPによる集中的研究開発により、ゲノム編集技術を活用した「ものづくり」という点では、世界のトップグループに立つことができた。この優位性を維持するためにも官民合わせたさらなる研究開発投資を期待したい。

ゲノム編集トマトの事例:GABA高蓄積トマトの開発

ゲノム編集作物の開発事例として、GABA高蓄積トマトを紹介する。GABA(γ‐アミノ酪酸)は、非タンパク質構成アミノ酸であり、脊椎動物では抑制性の神経伝達物質として働くことが報告されており、ヒトへの効果としては、経口摂取による血圧上昇抑制効果が報告されている**9。トマト果実もGABAを含んでいるが、通常の摂取量ではこの効果を期待するには十分ではない。われわれは、トマト果実でのGABA蓄積の鍵酵素遺伝子にCRISPR/Cas9システムを使って突然変異を導入し、この遺伝子から作られる酵素の活性を向上させ、さらに果実特異的にGABAを高蓄積することに成功した**8写真1)。このトマト果実は、通常品種の4~5倍のGABAを含有しており、通常の摂取量でその健康機能性が期待できるレベルに達しており社会実装が期待されている。

写真1 ゲノム編集技術で開発したGABA高蓄積トマト(スケールバー:1cm)

ゲノム編集トマトの社会実装に向けての道のり

開発したゲノム編集トマトの社会実装に向けて、1)取り扱いルールが明確になること、2)CRISPR/Cas9システムの基盤特許への対応、3)社会受容の促進が必要となる。1)については、現在、環境省の諮問機関・中央環境審議会および厚生労働省の薬事・食品衛生審議会での審議が進んでおり、近々に取り扱いルールが明確になると考えている。2)については、基盤特許を有する開発者たちがオープンイノベーションを標榜(ひょうぼう)していることから通常の特許と同じように利用可能と考えている。3)については、開発者や関係者が一層の情報発信を行っていくことが重要である。ゲノム編集技術は、農作物の品種改良において有用な次世代育種技術であり、社会が一体となって育てていってほしい。

●参考文献

**1
Cong L. et al., Multiplex genome engineering using CRISPR/Cas systems. Science. 2013, vol. 339, p. 819–823.

**2
The Tomato Genome Consortium. The tomato genome sequence provides insights into fleshy fruit evolution. Nature. 2012, vol. 485, p. 635–641.

**3
Saito, T. et al., TOMATOMA: A Novel Tomato Mutant Database Distributing Micro-Tom Mutant Collections. Plant and Cell Physiology. 2011. vol. 52, p. 283-296.

**4
Okabe, Y. et al., Tomato TILLING Technology: Development of a Reverse Genetics Tool for the Efficient Isolation of Mutants from Micro-Tom Mutant Libraries. Plant and Cell Physiology. 2011, vol. 52, p. 1994-2005.

**5
Takayama, M. et al., Activating glutamate decarboxylase activity by removing the autoinhibitory domain leads to hyper γ-aminobutyric acid (GABA) accumulation in tomato fruit. Plant Cell Reports. 2017, vol. 36, p. 103-116.

**6
Nishimasu, H. et al., Engineered CRISPR-Cas9 nuclease with expanded targeting space. Science, 2018, vol. 361, p. 1259-1262.

**7
Shimatani, Z. et al., Targeted base editing in rice and tomato using a CRISPR-Cas9 cytidine deaminase fusion. Nature Biotechnology. 2017, vol. 35, p. 441-443.

**8
Nonaka, S. et al., Efficient increase of ɣ-aminobutyric acid (GABA) content in tomato fruits by targeted mutagenesis. Scientific Reports. 2017, vol. 7, Article number: 7057.

**9
Owens DF and Kriegstein AR, Is there more to GABA than synaptic inhibition? Nature Reviews Neuroscience. 2002, vol. 3, p.715-27.