ビジネスサイエンス系 立本博文准教授
市場はグローバル化し,ビジネスのスタイルも変化しています。ここ数十年の流れとしては,一社で研究開発から製造,販売まで行う形から,複数の企業が分業し,グループとして利益を得る方式への転換があります。立本さんは,刻々と変わりゆくビジネスの世界で「勝つ」ための戦略を研究しています。
立本さんが着目しているのは「ビジネスエコシステム」と呼ばれる産業構造です。シリコンバレーに代表されるように,知識や情報をオープンに共有してイノベーションを起こす方式です。企業が集まり,自律的・分散的なネットワークを形成して成長します。ここではオープン標準や知財権(特許や著作権等)が重要な武器になります。このようなモデルは情報通信を始め,半導体,エネルギー,バイオ創薬などの業界にも広がっています。
この産業構造では,企業同士が共存しながらも,富は偏在するという特徴があります。イノベーションにより独占的な利益を得る企業(プラットフォーム企業)と,その企業が提供する「場」で事業を行う企業があるわけです。例えば,アップル社はiPod/iPhoneという場を提供し,アプリやコンテンツ開発は誰でも参入して利益を上げることができます。アップル社のような企業をプラットフォーム企業といいます。産業規模が大きくなると,プラットフォーム企業には膨大な利益が集まり,誰もがその影響力を無視できなくなります。つまりビジネスエコシステムでは,「いかにしてプラットフォーム企業になるか」あるいは「いかにプラットフォーム企業から自社の利益を守るか」が重要になります。それには,従来のような品質やコストとは別次元の考え方が求められます。
一方,自動車産業は,このようなビジネスエコシステム型の産業構造とは異なる方向で成長してきました。しかし,近年の自動車産業は,情報通信やエレクトロニクス産業との連携が不可欠です。自動運転技術などがそのよい例です。全く異なるタイプのビジネススタイルが協働するとき,それらがどのように機能するのか,立本さんは興味深く観察しています。
ビジネスエコシステムは「食う食われる」の関係ではない。
相互依存の関係の中でニッチを確保することが大切と,熱く語る。
ビジネスエコシステムで,もうひとつの注目すべき点は,特許などの知的財産(知財)を活用する経営戦略です。特許は技術情報をオープンにしながらも,排他的な使用権を得ることができる権利です。知財は企業の重要な競争力。使い方しだいでビジネス上の優位に立てるはずです。しかし日本の企業は,国内での特許出願数はとても多いものの,海外出願や権利化にはなかなか至りません。国内の特許訴訟が少ないことや,知財管理と経営の部門が連携しにくい組織構造など,日本特有の事情もありますが,ビジネスツールとして知財の価値を捉えなおし,経営戦略に活かす方法論を探る必要があると,立本さんは語ります。
立本さんがビジネスエコシステムに注目したきっかけは,開発プロジェクトマネジメントの研究からでした。日本のソフトウェア産業がなぜ低調なのか,プロジェクトマネジメントの観点から分析してみると,ソフトウェアの品質は高いのに,経営層の戦略が適切でないために,成果に結びついていないことがわかりました。日本では,「経営」は現場で経験的に学ぶものという意識が強く,教育や人材養成はあまり行われてきませんでした。しかし,ビジネスエコシステムの登場は,企業の規模や経験に関わらず戦略しだいで成功できることを示しています。そこで立本さんは,実際のビジネスに役立つ効率的な経営のしくみを,科学的な理論として提示しようと考えました。
数学,特に統計学はビジネスサイエンスの重要なツール。
ビジネスの現象を捉えるには,ケーススタディと統計研究の2つの手法を使います。ケーススタディでは,対象とする企業に直接赴き,経営者や各階層の担当者への聞き取り調査や,工場など作業現場の観察,時には現場で作業の体験もします。さらに,ライバル会社や取引先などにも同様の調査をします。さまざまな立場の人から徹底的に話を聞くと,個人のバイアスや社内・業界だけで通用する常識なども見え,企業の実態が客観的に理解できます。統計学からのアプローチでは,公開されているデータベースやアンケートから,ビジネスの状態を反映する要素間の法則性や因果関係を探します。ケーススタディと統計分析の情報を組み合わせ,全体像を把握します。実験で確かめることのできない分野だからこそ,多角的な分析を駆使することでバイアスや矛盾を排除し,結果の妥当性を確保します。
「カリスマ経営者」や「伝説のCEO」などと形容される経営者がいるように,ビジネスには言葉では表せない「センス」も確かに必要です。夢に対する情熱が重要になることもあります。しかし,だからといって科学的思考が必要ないということではありません。経営において重要なことの大部分はサイエンスであり,事例分析やディスカッションを通して学ぶことができます。それは,経営に携わる人だけでなく,エンジニアにとっても有用なスキルです。経営企画のプロとしてビジネスの世界で差をつけるカギだというのが立本さんの主張です。