ミトコンドリアのATP産生能力は、真核生物の進化中に複数回失われた

筑波大学 生命環境系 矢﨑裕規研究員(現 理化学研究所 iTHEMS 特別研究員)と計算科学研究センター 稲垣祐司教授を中心とした研究グループは、単細胞真核生物バルセロナ類(Barthelona spp.)の系統的位置とミトコンドリア代謝機能を、トランスクリプトームデータを基盤とする各種解析により解明しました。

バルセロナ類は低酸素環境中に生息する、系統的位置がはっきりとしない、いわゆる「みなしご生物」の1系統であり、これまで遺伝子配列データは全く報告されていませんでした。本研究では、まずバルセロナ類の実験室内培養株5株を確立し、そのうち1種についてトランスクリプトームデータを取得しました。これをもとに大規模分子系統解析を行ったところ、バルセロナ類はフォルニカータ生物群の原始系統であることが分かりました。好気呼吸を行う真核生物と、低酸素環境に生息するフォルニカータ生物のミトコンドリアとでは、ATP産生機構が大きく異なることが報告されており、フォルニカータ生物群におけるミトコンドリア機能の進化を理解する上で、その原始系統であるバルセロナ類のミトコンドリア代謝機能を解明することは重要です。

次にバルセロナ類のミトコンドリア代謝機能を推測したところ、ミトコンドリアにおけるATP産生に関わるタンパク質群は見つかりませんでした。これは、バルセロナ類のミトコンドリアではATPが産生されず、生存に必要なATPは細胞質で産生していることを示唆します。これまでにATP産生能力が欠失したミトコンドリアは、フォルニカータ生物群に属するランブル鞭毛虫とその近縁種で発見されています。しかしバルセロナ類はそのいずれとも系統的に近縁ではなく、両者のATP産生能力が欠失したミトコンドリアは、フォルニカータ生物群の進化中で独立に確立したと考えられます。本研究の成果は、低酸素環境に適応したミトコンドリア機能の進化が我々の予想以上に複雑であることを示唆します。