哺乳類や昆虫など動物の体には頭から尾に向かう前後軸があります。この前後軸に沿って、左右対称の構造を持ちつつ、頭や脚、尾などが順序よく配置されています。このように、動物の体が形作られる際に働く遺伝子のグループをHox遺伝子群と呼びます。哺乳類のHox遺伝子群は、ホメオボックスと呼ばれる相同性の高いDNA塩基配列を持つ13個の遺伝子が1番から13番まで染色体上に配列されています。13個の遺伝子は個体が発生する過程で配列の順番通りに働き、頭から尾までの体が形成されることが分かっています。
本研究では、血管発生や神経発生に関わる遺伝子を活性化する可能性が報告されているヒストン脱メチル化酵素「Kdm7a」の働きを調べました。ゲノム編集技術を使い、この酵素を作る遺伝子を欠いたマウス(Kdm7a欠失マウス)を作成し、通常の(野生型)マウスと発生過程を比較しました。
その結果、Kdm7a欠失マウスでは、後方の体節形成に関わるHox遺伝子群(Hox遺伝子の中で9番以降)が有意に減少していることが明らかになりました。また、出生直後のマウスの骨の形態を詳細に解析したところ、Kdm7a欠失マウスでは、胸椎・腰椎および腰椎・仙椎の境界がそれぞれ一つ後方にシフトする(肋骨の数が一つ増える)、すなわち体節のアイデンティティ(性質)に変化が生じることが判明しました。
これらの結果は、Kdm7aがマウス発生期においてHox遺伝子群の発現調節を行うことで、前後軸の形成を制御する可能性を示唆しています。Hox遺伝子の発現制御機構の破綻は白血病などの発症に深く関与しているとされます。また、Kdm7a自身もがんや動脈硬化など生活習慣病の発症や進展に重要であることが分かってきています。本研究成果は今後、動物の体の形づくりという生命現象の基盤メカニズムの解明に繋がることが期待されるとともに、様々な疾患の理解に貢献する可能性があると考えられます。