私たちの筋肉(骨格筋)は非常に高い再生能力を持っています。激しい運動や打撲などで損傷が起きた場合でも、骨格筋組織内にある骨格筋幹細胞の働きで、速やかに再生することが可能です。骨格筋はまた、私たちの体の動きを司るだけでなく、全身のエネルギー代謝を制御する組織としても大切な働きをしています。我が国は人生100年時代に突入したとも言われますが、骨格筋を一生涯にわたり健全に保つことは、健康で長生きする秘訣であると考えられます。
しかし、加齢や病気により、筋肉の再生が上手くいかない状態が生じます。それは骨格筋組織内に存在する幹細胞の機能や数が低下するからです。このような変容を抑制し、骨格筋を正常に保つためには、骨格筋幹細胞の増幅や性質を維持するメカニズムを明らかにすることが欠かせません。
本研究では、骨格筋幹細胞が増幅する仕組みの一端を明らかにしました。骨格筋幹細胞は、生体外で培養すると、そのほとんどが自発的に骨格筋系の細胞に分化し、増殖が止まってしまいます。しかし、一部の細胞は、自分自身の分身を作り出す(自己複製)ことで増殖能を維持します。骨格筋幹細胞の自己複製能力を高めたり、自己複製する細胞集団を増やしたりすることができれば、生体内外でより多くの骨格筋幹細胞を増幅させることが可能となります。
本研究グループは、タンパク質の翻訳に関わるeIF2αという分子のリン酸化が自己複製細胞で強く誘導されていることをヒントに、骨格筋幹細胞の自己複製を制御する新たな分子メカニズムを同定しました。eIF2α のリン酸化は一般的にタンパク質翻訳を抑制することが知られていましたが、私たちは例外的に eIF2α のリン酸化によって逆にタンパク質翻訳が亢進される分子 TACC3 を同定しました。この eIF2α のユニークなタンパク質翻訳メカニズムの解明と TACC3 の同定により、従来まで難しいとされていた長期的な骨格筋幹細胞の生体外培養が可能となり、加齢による筋肉量や筋力の減少(サルコペニア) や筋ジストロフィー症などの治療法開発に貢献することが期待されます。