人々のCOVID-19対応とその心理を理解する 日英独市民の行動変容の比較分析 | 谷口 綾子

代表者 : 谷口 綾子  

谷口 綾子 Taniguchi Ayako

人々が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にどのような影響を受け、どう反応したかを、行動面のみならず心理面でも理解するために、日本、イギリス、ドイツの比較分析などを行っています。最初に実施したアンケート調査では、日本の人々の不安やリスク認知の度合が他の2国よりも有意に高いなど、国による違いが見えてきました。人と人の相互理解が深まることで社会状況がよりよくなることを目指し、研究を続けています。

社会的ジレンマに光を当てる

COVID-19の状況下で、人々は「外出したいが、してよいものか」といった数々の葛藤(ジレンマ)を抱えています。これまで私は、私的・短期的な利益を追求すると社会的・長期的な利益を損なう社会状況である「社会的ジレンマ」をいかに緩和するかをテーマに研究してきました。その研究の一環として、人々がCOVID-19にどのような影響を受けたかを、表出した行動とその背後にある心理も含めて知りたいと考えました。

そこで、都市構造や産業構造などに類似性のある日本、イギリス、ドイツを対象に、市民の行動変容とその原因を比較分析することにし、2020年5月前半にウェブアンケートを実施しました。

日本で高かった「不安」と「リスク認知」の度合

分析結果に有意差が見られ、興味深く感じたのは、「不安」の尺度でした。不安尺度には主に、状況で大きく変動する「状態不安」と、性格に起因する「特性不安」があります。どちらも日本人のスコアが有意に高いという結果になりました。3カ国の中で、日本人はCOVID-19の影響だけでなく、本来の性格からしても、不安になりがちだといえます。また、他人の目を気にするなどの対人面での不安を示す社会的不安尺度では、日本とイギリスに有意差はなかったものの、ドイツはスコアが低い結果となりました。

図1 不安尺度の3カ国比較の結果。アンケートは、イギリスとドイツの共同研究者と2020年5月7日〜15日に実施し、対象は性・年代・居住地を均等割り付けした各国500名とした。この期間は、日本では緊急事態宣言発令中で、イギリスではロックダウン(都市封鎖)発令中、ドイツでは接触制限措置は延長継続中ながら経済的制限措置の緩和が発表された時期にあたる。

様々なリスクに人々が抱くイメージを計る心理指標「リスク認知」についても有意差がありました。リスク認知の主要因子とされる「恐ろしさ因子」を横軸に、「未知性因子」を縦軸にとった座標上に、3カ国におけるCOVID-19のリスク認知の平均値を示し、さらにその結果を他の病気や事故原因のリスク認知とも比較しました(リスク認知マップ:図2)。その結果、ドイツではCOVID-19の恐ろしさ因子は低く、イギリスでは恐ろしさ因子が高い割に未知性因子は低く、日本では両因子とも高いことがわかりました。

図2 3カ国について比較をしたリスク認知マップ。リスク認知の「恐ろしさ因子」(恐ろしさを感じるか)や「未知性因子」(知らないものか)は、米国の心理学者ポール・スロヴィックの理論を援用。日本人のCOVID-19のリスク認知は、がんやエイズ、高齢者の運転などの位置に近く、恐ろしくて未知のハザードと認識されていることもわかった。

3カ国アンケートでは、従来でさえ回数の少なかった日本の余暇・レジャー活動が、感染拡大後に半減したイギリス・ドイツにも増して、75%減となっていることもわかりました(図3)。

図3 余暇・レジャーやオンライン会合の変化についての3カ国比較。日本は罰則を伴わない【外出自粛】、英独は違反者に罰則のある【都市ロックダウン】が実施されており、政策的な強度は英独が高いにも関わらず、活動抑制度合いは日本が高いという不思議な状況となった。これはステレオタイプかもしれないが、日本人は同調圧力により余暇・レジャーを努力して減らしているのかもしれないと感じている。

また、日本のみの調査ですが、既存調査の項目を参考に、「自粛警察の予備群とはどのような人か」を探ったところ、まじめで周囲の期待に応えようとしている人や、COVID-19が怖くて不安になっている人などといった傾向が見えました。自粛警察化した人々を揶揄するかのような報道も散見されますが、まじめで不安度の高い人だと分かれば、少し理解できるように思います。

人の行動をより考えられる社会へ

私たちの研究で示した人々の「行動と心理」を互いに理解することで、異なる考え方をする他人をも思いやる、よりよい社会の構築につながるものと考えています。

研究はまだ途中で、アンケートのさらなる分析や新たなアンケート調査も予定しています。3カ国の新聞記事の比較分析なども行っており、成果を順次発表していく予定です。

谷口 綾子(筑波大学 システム情報系)
Project Name / 何が日英独市民の行動変容をもたらしたか

(取材・執筆:漆原 次郎 サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)

ー さらに詳しく知りたい方へ ー
●日本モビリティ・マネジメント会議:新型コロナウィルス特設ページ
https://www.jcomm.or.jp/covid19/
新型コロナウイルスが地域交通に与えた影響に関する情報を閲覧できます。

●日英独三カ国比較の詳細資料:石橋拓海,谷口綾子,Giancarlos Parady,髙見淳史:
COVID-19蔓延初期の行動変容と要因の日英独三カ国比較,第63回土木計画学研究・講演集(CD-ROM),2021.
本記事の研究成果と関連する学術論文です。

●COVID-19のリスク認知と行動の関連分析結果:
Parady, T. G., Taniguchi, A., Takami, K.(2020)Travel behavior changes during to the COVID-19 pandemic in Japan:
Analyzing the effects of risk perception and social influence on going-out self-restriction, Transportation Research Interdisciplinary Perspectives,
Volume 7, September 2020, 100181.
doi: https://doi.org/10.1016/j.trip.2020.100181
本記事の研究に関連する文献です

●土木計画学研究委員会「新型コロナウイルスに関する行動・意識調査 〜5月と10月のパネル調査結果〜(速報版)」
https://jsce-ip.org/uploads/2020/06/ip_covid19_2nd_panel_graph_201022.pdf

 

Collaborators

ジアンカルロス・パラディ(東京大学)
Giancarlos Parady, The University of Tokyo