#033:震源では何が起こっているのか

代表者 : 八木 勇治  

多様な地震の姿を捉え理解するための挑戦

プレートテクトニクスなどの理論により、地震発生のメカニズムを大まかに説明することができますが、一つひとつの地震で実際に起こっている現象は多様です。
その原因は、地球の内部構造の複雑さです。どんなに高性能なコンピュータを使っても、地震観測のデータ解析から誤差をなくすことはできません。
地球の全てを知ることは不可能。それを前提にした新しい発想で、地震の姿をより正確に捉えるための解析手法を研究しています。

 

極めて複雑な地震のメカニズム

地震は、地表の岩盤(プレート)の移動や断層のずれによって生じる現象だということはよく知られていますが、私たちが実際に体験する地震は、どれ一つとして同じではありません。例えば、断層のずれといっても、断層の形状やずれの方向、大きさはさまざまですし、地球内部の構造によって地震波の伝わり方も変わります。
 地震について、私たちが直接得ることのできる情報は、地表で観測されるデータだけです。実際に震源でどのようなことが起こっているのかは、そのデータをもとに推測するしかないのです。観測データからできるだけ正確に、地震の姿を捉えるには、震源での破壊過程(震源過程)を適切に表現するモデルと、解析手法が必要です。すでに、ある程度確立されたモデルや手法がありますが、高品質の観測データによって、実際の地震は、今まで考えられていたよりも複雑かつ多様性があることがわかってきており、ありきたりのモデルや手法では太刀打ちできなくなりつつあります。
 そのアプローチとして、多くの研究者は、できるだけ精緻に地球内部の構造を調べてモデル化し、さらに、地震時に動く断層もできるだけ複雑なモデルにして、解析しようとしています。これは王道ともいえる研究スタイルです。しかしこの方法だと、扱うパラメータが膨大になり、資金やマンパワーを要する「力技」にならざるを得ませんし、そもそも全てを調べ、モデル化することは極めて困難です。

 

分からないことを分からないとして扱う

だからといって諦めるわけにはいきません。提案したのは、分からないパラメータを無理に調べようとするのではなく、そのまま分からないものと認めた上で、新しい解析手法を構築する、という考え方です。
 この解析手法が地震波解析の分野で画期的だったのは、完全な地球内部の構造を知らないことによって生じる誤差がどのようなものかを明確にしたことと、この誤差の影響を軽減する方法を提示したことにあります。それまでは、そういった誤差をできるだけ取り除くために、王道としての「力技」が用いられてきたわけですが、地球内部を完全にモデル化できないと認めてしまえば、もっと楽に解析ができると考えたのです。そこで、この誤差を統計学的に扱い、モデルの中に取り込んでみると、実際に起こった現象をより良く表現することができるようになりました。
 この解析手法を提案したのは2011年のこと。当初は単独のフロントランナーでしたが、その有効性が認められるにつれ、どんどん研究者が参入してきました。それによって手法自体の改良も進み、今では提案したアプローチが王道のような位置付けになっています。一つの流れができたら、その流れに乗り続けるより、新しい流れを作りたくなるものです。今は、提案したアプローチとは、真逆に近い解析手法を提案しようとしています。新しいアプローチを提案していくことは、限られた研究リソースを有効に活かすための戦略でもあります。

 

阪神淡路大震災をきっかけに

子ども時代を過ごした岩手県釜石市の周辺は、昔から何度も津波に襲われている地域です。そのため小学校でも、地震や津波に関する授業や、防災教育が盛んに行われました。それが地震に興味を持つようになった最初のきっかけでした。この興味が研究対象としての関心へと具体化されたのが、大学生の頃に経験した阪神淡路大震災です。短時間の揺れで、地域一帯が大きく壊れてしまうような出来事にショックを受けると同時に、なぜそのような現象が起こるのか、震源で何が起こっているのか、知りたいと思うようになりました。
 研究者になって最初に取り組んだのが「地震のカタログ」作りです。地震がどのように発生し、どのように成長していくのかということが記述された新しい地震のカタログがあれば、地震の理解が進み、標準的な地震像がわかり、特殊な地震を見つけることができると考えていました。ところが実際には、一つの手法であらゆる地震を解析しようとしても、適切な結果は得られませんでした。当時の研究者たちは、個々の地震を自分なりに工夫した断層モデルと解析手法でそれぞれ解析していたのです。これでは同じ地震でも、研究者によって異なる姿になってしまいます。全ての地震に適用できて、安定な結果が得られる、堅牢な解析手法がない限り、地震で何が起こったのか記述するカタログを作ることはできません。
 そんな中でひらめいたのが、「分からないことは分からないとして扱う」というアイデア。スランプに陥っていた研究が、これで再び動き始めました。