新型コロナウイルス抗原提示領域のデータ共有をめざす ワクチン開発や免疫研究への基礎知見を蓄積 | 宮寺 浩子 | 筑波大学「知」活用プログラム 成果インタビュー

代表者 : 宮寺 浩子  

宮寺 浩子 Miyadera Hiroko

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のワクチン接種が、各国で始まっています。ワクチンが効果を発揮するには、まず、ワクチンに含まれるウイルス抗原の一部が、ヒト白血球抗原クラスⅡ(HLAⅡ)分子に結合して、抗原提示細胞の表面に抗原として提示されなくてはなりません。私は最近、HLAⅡ分子による抗原提示を定量的に測定する方法を開発しました。この方法で、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質中の抗原提示領域を網羅的に探索し、抗原として認識されやすい領域を明らかにしようとしています。

HLAⅡの抗原提示を新規測定法で解析する

免疫反応で重要な役割を担う分子にHLAⅡ分子があります。自己と非自己の識別の目印となる分子で、たとえば臓器移植では移植片に対する拒絶反応に関係しています。HLAⅡ分子は白血球の血液型ともいわれ、集団内に多数の遺伝型があり個人間で多様性に富みます。

ウイルスやバクテリアに感染した抗原提示細胞は、これらの外来微生物を取り込んでウイルス・バクテリア由来タンパク質を断片化します。その断片を結合して細胞表面に提示するのがHLAⅡの役割です(図1)。この抗原提示によって、異物から体を守る免疫反応が開始されます。

HLAⅡは、がんの免疫療法や自己免疫疾患に関わる分子として医学分野で非常に注目されています。私はこのHLAⅡを専門に研究しており、最近、HLAⅡによる抗原提示を定量的に測定するアッセイ系を確立しました。この方法を用いることにより新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)における免疫応答に関わる基礎的な知見が得られると考え、SARS-CoV-2の抗原となるスパイクタンパク質を対象としたHLA IIとの結合解析を行っています。

スパイクタンパク質はSARS-CoV-2ウイルスの表面にあり、ヒトの細胞に感染する際の足掛かりとなるタンパク質です。これが断片化されて、HLAⅡによって抗原(T細胞エピトープ)として提示されます。

図1 免疫系における抗体産生とHLAⅡの役割。抗原提示細胞がウイルスなどの異物を取り込み、断片化したもの(ペプチド)をHLAⅡ分子に結合して、細胞表面に抗原として提示する(赤丸部分。詳細は図2に示す)。これをT細胞がTCR(T細胞受容体)で認識して、最終的にB細胞を活性化し抗体を産生させウイルスを攻撃する。SARS-CoV-2の場合は、スパイクタンパク質(ピンク)が主要な抗原であることが知られている。

断片化したタンパク質には、そのアミノ酸配列から、HLAⅡに結合しやすいものとしにくいものがあります(図2)。HLAⅡとタンパク質断片間の結合が強いほど、これらの複合体は構造的に安定になり、抗原提示細胞表面に多く提示されます。その結果、抗体産生などの免疫応答が強く起こることが予想されます。

図2 HLAⅡとタンパク質断片(ペプチド)の複合体の例(PDB:1UVQ)。HLAⅡの分子表面には溝があり、ここにタンパク質の断片が結合する。HLAⅡとタンパク質断片間の結合が強いほど、複合体の構造が安定して抗原提示細胞表面に多く提示され、結果的に免疫反応が増強される。

そこで私は、代表的なHLAⅡとさまざまなスパイクタンパク質断片領域について結合測定を行い、T細胞に認識されやすい抗原領域を探索しています。成果は徐々に得られており、手ごたえを感じています。

ワクチン開発や変異株による免疫応答への影響を理解するための知見を得る

前述のように、HLAⅡは人によって遺伝型が違います。今後は、多種類のHLAⅡについても抗原提示領域を明らかにしなければなりません。それはたいへんな数に上るので、実験の自動化などが必要になります。

大きな労力を伴いますが、SARS-CoV-2の抗原提示領域を網羅的に同定しデータベース化することにより、効果の高いワクチンの開発や、ワクチンが効かない変異株が出現した場合の原因解明に役に立ち、適切な対策へも貢献できると考えています。

COVID-19の感染拡大により、いろいろな分野の研究者がそれぞれの専門分野での研究を行っています。私がつくるデータセットは、広い意味での感染症対策にも備えるインフラとなると考えて研究を進めています。

宮寺 浩子(筑波大学 医学医療系)
Project Name / SARS-CoV-2のT細胞エピトープ探索

(取材・執筆:池田 亜希子 サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)

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