私たちの体の設計図であるゲノムには、2万の遺伝子が書き込まれています。遺伝子はONとOFFを時間的空間的に正確に制御され、一つの受精卵から60兆個の細胞からなる私たちの体を作り出しています。まさに奇跡です。哺乳類の種によって染色体の数は異なりますが、遺伝子の並びは種を超えてゲノムの領域ごとに類似しています。おそらく隣接する遺伝子は異なる機能を持っていたとしても隣接しなくてはならない理由がそこに隠されているのかも知れません。その解明にはゲノムや遺伝子を自由自在に哺乳類個体で操作する必要があります。
本研究では、複数の遺伝子改変マウスを作製・解析し、Cables2という遺伝子と隣接する遺伝子の不思議な関係を明らかにしました。Cables2はCablesファミリーに属するタンパクで、その分子構造から他の酵素の働きを仲介する基質として機能するものと考えられています。哺乳類や鳥類、魚類など脊椎動物に存在する遺伝子ですが、Cables2の個体における役割は全く不明でありました。
Cables2遺伝子座全体を欠損させたCables2dマウス胚は、子宮に着床後、早期に発育遅延を示し、細胞死を増加させ、胚性致死を引き起こすことが分かりました。また、Cables2dマウス胚でどのような遺伝子発現の異常が起きているかを調べたところ、Cables2遺伝子と隣接するRps21遺伝子の発現が低下し、一方でp53が標的とする遺伝子の発現が増加していました。
さらにCables2とRps21の胚発生における機能的関係を調べるため、複数の遺伝子改変マウスを作製し、その胚の発達を検討しました。その結果、Cables2遺伝子座の完全欠損がRps21遺伝子の発現抑制を導き、p53経路を介した胚性致死に関わることが分かりました。一方でRps21遺伝子の発現が減少しても、Cables2遺伝子の発現があれば胚性致死を回避できる複雑な遺伝的関係にあることが判明しました。本研究はマウス胚発生におけるCables2遺伝子座の重要性に新たな光を当てています。