【ポイント】
潰瘍性大腸炎では慢性炎症の経過で上皮細胞のテロメアが短くなることを発見しました。
テロメア長の短縮が大腸粘膜の再生不良や組織学的異常を引き起こすことをつきとめました。
テロメア伸長剤がヒト大腸粘膜の組織異常を正常化させることを発見しました。
炎症性腸疾患の粘膜治癒、組織学的治癒を目標とした新規治療法の実用化が期待できます。
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科消化器病態学分野の土屋輝一郎非常勤講師(筑波大学医学医療系教授)と渡辺 翔非常勤講師らの研究グループは、炎症性腸疾患における腸上皮再生不良・機能異常の原因がテロメア長※1 の短縮によることをつきとめました。また、テロメア伸長剤により炎症で障害を受けたヒト腸上皮幹細胞の増加や上皮細胞の増殖を認めました。テロメア伸長剤を使用した細胞ではマウス大腸潰瘍への移植効率が大幅に向上し、腸粘膜のヒト大腸組織異型も正常化しました。以上より、テロメア伸長剤による腸粘膜防御機能の回復が示唆されたことから、腸上皮自己再生医療への実用化が期待できます。この研究はAMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム事業ならびに文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Journal of Crohn’s and Colitis に、2021 年6 月28 日にオ
ンライン先行公開されました。
【研究の背景】
炎症性腸疾患(IBD)、特に潰瘍性大腸炎は本邦で患者が急増している難治性疾患(指定難病)です。長い罹病期間により再燃と寛解※2 を繰り返しますが、寛解を維持するため
には炎症を鎮めるだけでなく、粘膜の潰瘍を治癒させることが必要です(図1)。さらに炎症を抑制して潰瘍を治癒しても粘膜自体の異常が残ることが指摘されており、再燃の危険性が示唆されています。そこで最近では粘膜の構造異常まで正常化させる組織学的治癒を治療目標とすることが提唱されています。し
かし、粘膜の腸上皮細胞の再生や正常化に直接効果のある治療薬は未だ開発されていません。これまで本研究グループでは、長期の炎症が大腸上皮細胞の形質を変化させ、大腸の機能低下や発がんのリスクになることを明らかとしてきましたが、その原因となる因子は不明でした。そこで、炎症性腸疾患と同じ腸内環境を再現するために、ヒト大腸上皮オルガノイド※3 を1年以上にわたり炎症刺激を行い、同一人物由来の細胞から人工的にIBD 様の腸上皮オルガノイド細胞を作成し、ヒト体外潰瘍性大腸炎モデル※4 として報告してきました(図2)。
【研究成果の概要】
ヒト体外潰瘍性大腸炎モデルの解析により、大腸上皮オルガノイドではテロメア長が炎症刺激の経過に伴い短縮することを初めて発見しました。潰瘍性大腸炎患者検体由来腸上皮オルガノイドにおいても、テロメア長が正常腸上皮オルガノイドよりも短いことを確認しました。 正常大腸オルガノイドにテロメア短縮剤のみを添加すると、杯細胞形質の抑制や細胞障害などIBD 形質を獲得しました。 一方、IBD 様大腸オルガノイドにテロメア伸長剤を添加すると、炎症環境においても上皮幹細胞が増加し、細胞増殖を認めるのみならず、杯細胞形質を誘導しました。免疫不全マウス大腸への移植にて、生着率の向上と杯細胞増加を伴う正常なヒト大腸腺管を構築しました(図3)。
【研究成果の意義】
炎症性腸疾患(IBD)は粘膜の炎症と上皮障害による難治性の潰瘍が主な病因です。これまで炎症を抑制する治療薬が多く開発されていますが、治療目標は炎症を抑制するだけでなく粘膜の腸上皮細胞を正常化することが提唱されています。しかし、炎症を抑制しただけでは粘膜の異常が残っており、腸内細菌などが体内へ侵入することに対する防御機能が落ちています。腸上皮細胞を正常化し、粘膜防御機能を維持することが再燃の予防になることが示唆されていますが、その原因は不明でした。本研究ではテロメア短縮が腸上皮細胞の炎症による不可逆性の変化に重要な役割を果たしていることを明らかとし、テロメア伸長剤が炎症を抑制するだけでは改善しない上皮異常を回復させることを発見しました。以上より、この候補薬剤は既存の治療薬の標的とは全く異なり、上皮細胞の正常化、粘膜再生効果が期待できます。この薬剤は難治性潰瘍の修復や長い寛解期間の維持など、IBD に対する予後の改善が見込まれるため、5 年後を目処とした実用化を目指します。
【用語解説】
※1 テロメア長
染色体の末端部にある特徴的な繰り返し配列をもつDNA であり、その部分の長さをテロメア長と呼ぶ。細胞分裂のたびに少しずつ短くなり、ある程度まで短くなると細胞分裂を停止することから寿命に関与すると考えられる。
※2 再燃と寛解
病気の症状が一時的あるいは継続的にほとんど消失し、臨床的にコントロールされた状態を寛解と言い、その症状が再び現れて病状が悪化することを再燃と言う。
※3 オルガノイド
臓器特異的幹細胞及びその幹細胞から分化した細胞群を含む細胞塊で、器官に類似した組織構造体のこと。
足場となるゲルに埋め込んで3次元培養により作製する。
※4 ヒト体外潰瘍性大腸炎モデル
ヒト大腸上皮オルガノイドに炎症刺激物質を添加し、1年以上培養を行った。このオルガノイドは潰瘍性大腸炎に類似した形質を獲得し、マウス大腸への移植にて疾患と類似した組織異常(杯細胞減少・腺管のねじれ)を認めたことからヒト体外疾患モデルとして報告した。(Watanabe S, Tsuchiya K et al. J Crohns Colitis. 2021)
【論文情報】
掲載誌:Journal of Crohn’s and Colitis
論文タイトル:Importance of telomere shortening in the pathogenesis of ulcerative colitis: A new treatment from
the aspect of telomeres in intestinal epithelial cells
【研究者プロフィール】
土屋 輝一郎 (ツチヤ キイチロウ) Tsuchiya Kiichiro
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化器病態学分野 非常勤講師
筑波大学 医学医療系(消化器内科) 教授
・研究領域
小腸疾患病態解明
炎症性腸疾患上皮病態解明
【問い合わせ先】
<研究に関すること>
筑波大学 医学医療系(消化器内科)
教授 土屋 輝一郎(ツチヤ キイチロウ)