代表者 : 井澤 淳
2021.12.02
人間は成長に伴い、他者と区別し自分を認識することが可能になります。その過程で「自身の身体を所有している」=身体所有感と「動作の主体は自分である」=自己操作感が獲得されます。しかし、これら自己意識の構成要素がどのように形成されるかは未解明なままでした。
この謎を解明するため、本研究チームは仮想空間(VR)環境にバーチャル身体を構築し、損失した自己意識の回復過程と身体運動記憶の変化を同時に記録する実験系を開発しました。
被験者がVR環境に没入した後に、視点変換、左右反転、運動方向のズレなどを伴うバーチャル身体を操作させると、被験者の身体所有感と自己操作感が同時に損失しました。しかし、運動記憶の形成に伴って回復し、身体所有感と自己操作感ではそれぞれの回復カーブが異なることが分かりました。
そこで記憶形成の数理モデルを用いて、これらの回復カーブを運動記憶の早い成分(ファスト・メモリ)と遅い成分(スロー・メモリ)に分解したところ、身体所有感は主にファスト・メモリによって駆動され、自己操作感は主にスロー・メモリによって駆動されていることが明らかになりました。
これは、ファスト・メモリとスロー・メモリこそが自己意識ダイナミクスの最小単位(クォンタム・セルフ)であり、これまでに報告されていた身体所有感と自己操作感の間の因果関係は、記憶形成のスピード差による錯覚であった可能性を示唆しています。
本研究の結果は自己意識形成の基盤となる脳領域が複数存在することを示唆しています。今後の研究でそれらを特定することで、認知的に安全なメタバースの設計論が確立されることが期待されます。