人為的な二酸化炭素(CO2)の排出が地球温暖化をもたらしているが、もう一つの深刻な問題が海洋の酸性化だ。大気中のCO2濃度が増えると海洋のCO2吸収量も増え、pH(水素イオン濃度)が低下する。その結果、海洋生態系に長期的な影響を及ぼすことが懸念されているのだ。 筑波大下田臨海実験センターの研究チームは、伊豆諸島の式根島(東京都新島村)周辺海域を過去から100年後の未来の海の姿と位置付け、海洋酸性化の影響を解き明かすさまざまな研究に取り組んでいる。 CO2の大気中濃度は現在、約410ppm(ppmは100万分の1、体積比)で、100年前の1・5倍になった。このままCO2の排出が続くと、21世紀末には1000ppmを超す恐れがあるとされている。 式根島周辺海域には海底からCO2が噴き出している場所があり、CO2シープと呼ばれる。2015年に見つかった。シープから離れた海域のCO2濃度は300ppmで100年前に相当する一方、400ppmや900ppmと現在や100年後に相当する濃度の海域もある。 太平洋の温帯域でシープの発見は初めてで、海洋酸性化の影響を自然界で確認可能な場所として、世界的に注目されている。 同センターのシルバン・アゴスティーニ助教(生環系)らは昨年4月、CO2濃度が900ppmの海域では、周辺に比べサンゴや大型の海藻類の減少が著しく、生息する魚類の種類も半減していると発表した。 魚類のすみかとなるサンゴや大型海藻類の隙間や陰が失われてしまうからだ。海の幸が消えれば、日本人の食生活にも影響が及ぶ。 一方、ベンジャミン・ハーベイ助教(同)は失われた多様性が回復するかどうかを探っている。 15㌢四方の火山岩製のタイルを5個ずつCO2濃度900ppmのシープ周辺海域と同300ppmの海域に設置した。タイルを半年間観察したところ、300ppm海域のタイルには大型海藻類などが付着して生物種も次第に増え、多様性の高い群集となった。 これに対し、シープ周辺海域のタイルはシマオオギなどの小型海藻類が初期段階で優占して繁茂し、その後も多様性が低いままだった。これは、夏季と冬季でほぼ同様の結果となった。 その後、設置したタイルの半数をもう一方の海域に移して観察したところ、シープ周辺から300ppm海域に移したタイルでは、数カ月で大型藻類が繁茂するようになり、多様性が回復した。適切にCO2を削減すれば多様性が回復することを示しているという。 ハーベイ助教は「このような研究は、式根島のようにCO2シープのある場所でしかできない。海洋生態系の将来予測と保全に貢献する研究を続けたい。まだ多様性が回復するメカニズムの全貌が明らかになったと言える段階ではなく、CO2以外の要因が生態系の変化に与える影響も解明したい」と話している。(工藤和哉=生物資源学類2年)
C O 2 削減で生態系回復 式根島で海の未来を予測
代表者 : Harvey Benjamin Paul