全世界で350万人がうつ病を患っているとされる。政府は2015年、50人以上の労働者を使用する事業場にストレスチェックの実施を義務付けた。定期的に労働者一人一人のストレス状況を調べて結果を本人に通知すると共に、集団ごとに分析し、職場環境の改善に結び付けることを求めている。 だが、道喜将太郎助教(医学医療系)は「うつと診断されるとキャリアに影響すると考え、自分の心理状態を正確に回答しない事例が多い。これでは制度はうまく機能しない」と指摘する。 ストレスチェックでは、個人の主観的な心理状態についての質問が多いからだ。正確な答えが得られないと対策や治療の開始が遅れ、労働者にとっても職場にとってもデメリットにつながる。 そこで、道喜助教が考案したのが、性別や職種、同居家族、年収や睡眠時間、生活習慣など客観的な情報から対象者の精神の健康状態を推測する人工知能(AI)だ。 AIの開発には、筑波研究学園都市交流協議会に加盟する研究機関や企業、大学などの労働者を対象に、17年に実施された「第7回生活環境・職場ストレス調査」のデータを活用した。 同調査では、対象者にうつ病や不安障害の疑いがあるかどうかを調べるK6= =というテストを実施。更に年齢や性別、婚姻状況などの基本属性、所属機関や職種、年収など仕事の情報、睡眠時間や喫煙状況など生活習慣について聞いた。 回答者は7251人(男性63%、女性37%)で、職種は研究職41%、事務職35%、技術職22%の順で多かった。 道喜助教は、ニューラルネットワークと呼ばれるAIモデルを二つ作成した。K6の判定データを教師データ(正解)として用い、モデルに7251人中7151人の回答データを学習させ、基本属性や仕事の情報、生活習慣など12項目の情報から、それぞれ中等度以上、重度の精神的苦痛の可能性を確信度の形で推測できるようになった。 残り100人の12項目の回答データを使い、学習が完了したAIモデルと精神科医6人に回答者の精神の健康状態を推定させ、実際のK6の判定スコアと比較した。 その結果、中等度の精神的苦痛(K6スコア5点以上)についての判定精度はAIが65・2%、精神科医が64・4%で統計的有意差はなかった。しかし、重度の精神的苦痛(K6スコア13点以上)の判定精度はAIが89・9%、精神科医が85・5%で、AIの正解率の方が有意に高い結果となった。 今後は情報工学分野の研究者との協力関係を強化し、客観的なデータによるうつ傾向の検知能力向上を目指すという。 道喜助教は「客観情報からの判定はAIが優位な分野である可能性が示された。いち早くうつ傾向に気付けるよう、本人の表情や子供の誕生など生活環境の変化もデータに取り込んでいきたい。うつ傾向の人を見逃さないシステムにすることが重要だ」と話している。(淺野宏太=社会工学類1年) K6(Kessler6scale)=精神的苦痛やうつ傾向を持つ人を探し出すための手法。六つの質問に対する回答を五段階(0~4)に分けて点数化する。その合計点数が高いほど、精神的な問題がより重い可能性がある。今回の研究では13点以上を重度、5点以上12点未満を中等度の精神的苦痛を持つとしている。
客観情報でうつ状態を判定 AIが精神医学を支える未来へ
代表者 : 道喜 将太郎