宇宙滞在が招く酸化ストレス 健康な宇宙生活の手がかりに

代表者 : 大津 厳生  

米国の複数の企業が昨年、民間人の宇宙飛行に成功した。また、実業家の前澤友作氏ら2人が日本の民間人として初めて国際宇宙ステーション(ISS)に滞在し、2021年は宇宙旅行元年と呼ばれた。誰もが宇宙に行ける日が、少しずつ近づいている。 だが、宇宙長期滞在は生き物の体にさまざまな不具合を発生させる。無重力環境や宇宙を飛び交う放射線の影響が考えられ、特に肝臓については、線維化や脂肪肝などの障害が引き起こされることが分かっていた。これらの現象は生体の酸化ストレスが原因である可能性が指摘されていたが、具体的な仕組みは明らかになっていなかった。 大津厳生准教授(生環系)は、バイオテクノロジー企業ユーグレナ(東京都港区)の協力を得て、宇宙で飼育されたマウスの肝臓組織に含まれる硫黄化合物を解析した。 生体内の酸化還元状態は、体内にあるさまざまな硫黄化合物を網羅的に解析することで、明らかにできる。硫黄化合物が酸化還元反応の中心を担っているからだ。 今回の研究にあたり、大津准教授は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)からISSで飼育した2種類のマウスを譲り受けた。ISSにおいて無重力下で飼育したマウスと、同じくISSで地球同等の重力下で飼育したマウスだ。これらと、地上で飼育したマウスの肝臓を、独自に開発した「サルファーインデックス解析」という手法で調べた。 その結果、宇宙で飼育したマウスは重力の有無にかかわらず、システインやエルゴチオネイン、グルタチオンなど還元剤として働く硫黄化合物が地上で飼育したマウスに比べ減っていた。酸化ストレスから体を守るために消費されたとみられ、宇宙では地上よりも強い酸化ストレスが生体にかかることが確認できた。 更に、宇宙で飼育されたマウスは、酸化ストレスへの抵抗性や硫黄化合物の代謝に関する遺伝子の発現が増加していた。これは、酸化ストレスにより減少する硫黄化合物を再供給するためだと考えられた。 大津准教授は、研究のポイントとして特に、宇宙飼育マウスでエルゴチオネインという硫黄化合物が地上生活時の半分に減少していたことを挙げる。哺乳類の体内では合成できず、一部のキノコなどから微量を摂取するしかない物質だからだ。 「今回の研究は、エルゴチオネインを含んだ食品の開発といった、新たな宇宙食の設計指針となるだろう。だが、エルゴチオネインを食品に添加するには、現状では高額な費用がかかる。まずは、微生物を使った発酵生産技術を活用し、安価に生産できるようにすることが重要だ」と大津准教授は話した。(坂田利通=人文学類1年)__