イモリの皮膚再生過程を明らかに 傷痕が残さぬ治療法開発に新知見

両生類のイモリは体のさまざまな部分を失っても再生する能力を持つ。千葉親文教授(生環系)らは2年余りにわたる研究の末、イモリの皮膚が傷痕を残さずに再生する過程の全容を解明した。外科学や美容医学で理想的とされる、傷痕を残さない再生治療(無むはんこん瘢痕治療)につながる成果として期待を集めている。 ヒトの皮膚は表面の薄い表皮(0・2㍉)とその下の厚い真皮(2㍉)の二層に分かれている。 小さくて浅い傷ならきれいに治るが、真皮を含む皮膚全体が大きく損なわれると、肌の肌きめ理(皮膚表面の細かな凸凹)や汗腺、脂腺などの皮膚付属器、色合いなどは回復せず、瘢痕と呼ばれる傷痕が残る。 瘢痕は、コラーゲンを主体とした線維性組織でできている。その形成メカニズムは次のようなものだ。 皮膚が真皮まで達するような傷を負うと、出血が起きて傷口に血小板などが集まり、かさぶたを作る。その下で炎症が起き、好中球などの免疫細胞が集まってくる。炎症が続くと、周囲の組織から集まった線維芽細胞が増殖し、コラーゲンなどの線維性タンパク質を分泌する。これらが毛細血管とともに線維性の結合組織(肉芽組織)を形成して傷口を埋めると、表皮が再び傷口を覆う再表皮化が起きる。その際、線維性タンパク質が無秩序に沈着し、瘢痕となってしまう。 一方、千葉教授らが研究対象としたアカハライモリでは、傷の回復過程がヒトとは大きく異なっていた。 千葉教授らは、イモリの体のさまざまな場所の皮膚を切除し、再生の様子を詳しく調べた。イモリは皮膚に深い傷を負っても、かさぶたはできない。その代わりに傷の周囲の表皮が伸長し、傷口は素早く閉じられた。 また、軽い炎症は起きるが、傷口が閉じるとすぐに収まり、傷口の周囲から真皮層の形成が始まった。肉芽組織はできなかった。 その後、時間をかけて正常な真皮組織、皮膚の肌理と付属器が再構築され、色合いも回復した。ただし、腹の皮膚では、アカハライモリの特徴である赤と黒の模様が傷つく前とは異なる模様となってしまい、元には戻らなかった。 これら結果から千葉教授らは、傷口の素早い再表皮化がイモリとヒトの大きな違いであり、イモリはこれにより炎症反応を低く抑え、瘢痕化を回避しているとする仮説を今回、提唱した。 では、イモリはどうやって素早い再表皮化を実現しているのか。 ヒトでは、傷口周辺の狭い範囲に存在する表皮幹細胞が激しく分裂して再表皮化が進む。ところがイモリの再表皮化では、傷口周辺の広範な領域で幹細胞の分裂頻度がランダムに約2倍に高まっていた。表皮組織全体の細胞数を増やすことで増加分の表皮が傷口へと押し出され、素早く傷口を塞ぐと考えられた。 今後は、提唱した仮説の検証を進めるとともに、ヒトとイモリの器官や組織の違いを分子や細胞レベルで調べることで、新たな治療法開発につなげていく。 千葉教授は「イモリの傷口の再表皮化や炎症の過程はとてもユニークで、そのメカニズムの理解に大変苦労した。皮膚は体表面にあり、治療のための操作が比較的容易なので、イモリの再生原理を適用した再生治療の第一号になるのではないか」と話した。(天野隼太=比較文化学類3年)