ヒトは眠っているときに、脳が活発に活動する「レム睡眠」と、それ以外の「ノンレム睡眠」を交互に繰り返している。だが、このような睡眠サイクルがどうして生じるのか、そのメカニズムはよく分かっていなかった。 櫻井武教授(医学医療系)らの研究チームは、脳内の扁桃体基底外側核と呼ばれる部位で神経伝達物質のドーパミン濃度が一時的に高まると、レム睡眠が始まることを突き止めた。人為的にレム睡眠量を調節することを可能にする成果で、今年3月に米科学誌「サイエンス」で公開された。睡眠に関係する疾患の病態解明や治療法開発などに役立つと期待されている。 突然眠ってしまう睡眠障害のナルコレプシーが研究のきっかけだった。 ナルコレプシーはオレキシンという脳内物質が欠乏することで起きる。その症状の一つが、覚醒中に全身の筋肉から力が突然抜けるカタプレキシーだ。また、レム睡眠では、眼球が激しく動く一方で、筋肉の活動は弛しかん緩しかんしている。 櫻井教授はカタプレキシーの症状がレム睡眠と似ていることに、以前から注目していたのだ。 カタプレキシーの発作は、笑ったり喜んだりするなど、ナルコレプシーの患者がポジティブな情動を起こした時に起きる特徴がある。そこで櫻井教授は、高揚感や達成感などを感じた時に放出されるドーパミンがカタプレキシーに関わっているのではないかと考えた。 遺伝子操作でオレキシンを作れなくしたマウスにチョコレートを与えて喜ばせたところ、カタプレキシーを起こした。 マウスの脳には、ドーパミンの濃度に応じて発光強度が変わる物質が入れられており、光ファイバーを使って観察したところ、カタプレキシーが起きる直前に扁桃体基底外側核のドーパミン濃度が一時的に増加していた。 また、ドーパミンを産生する神経細胞を刺激すると、やはりカタプレキシーが起こった。 一方、正常なマウスの脳内のドーパミンレベルの変化を同様の方法で調べたところ、扁桃体基底外側核のドーパミン濃度がノンレム睡眠中に一時的に上がると、レム睡眠が始まっていた。ドーパミンを産生する神経細胞を刺激すると、やはりレム睡眠が始まった。 さらに詳しく調べた結果、扁桃体の細胞集団のうち、ドーパミン2受容体を発現する神経細胞がドーパミンによって抑制され、レム睡眠が始まることが確認できた。 これらの結果から、扁桃体基底外側核におけるドーパミンの一時的上昇が、レム睡眠を引き起こすことが分かった。さらに、カタプレキシーの発作は、レム睡眠と同じメカニズムが覚醒時に不適切に作動して起きることが明らかになった。 櫻井教授は「解明されていない生理現象の仕組みを知りたいという気持ちが研究結果につながった」と語った。今後は、目覚めている時にオレキシンがレム睡眠の開始を抑制しているかなどを調べる予定だという。(車谷郁実=社会学類3年)