ASD発症の仕組みに迫る 小胞体ストレスが引き金か

代表者 : 鶴田 文憲  

自閉スペクトラム症(ASD)は、発達障害の一つだ。コミュニケーションが苦手で、こだわりが強いなどの特徴を持つ。発症率は約100人に1人で、脳機能障害が原因だとされる。発症リスクを高める遺伝子(責任遺伝子)の変異は数多く見つかっているが、それらの変異がASDをもたらすメカニズムはよく分かっていない。 鶴田文憲助教(生環系)らは、ASD責任遺伝子の一つが作り出すHevinというたんぱく質に注目。Hevinに変異があると細胞外にうまく分泌されず、たんぱく質の折りたたみなどを行う場である細胞内小器官の小胞体に異常蓄積することを突き止めた。これがASD発症につながっている可能性があるという。ASDの予防や治療薬の開発につながる成果だ。 鶴田助教はこれまで、USP15と呼ばれるASD責任遺伝子の研究に取り組んできた。 USP15を働かなくしたマウスの脳にある物質を調べる中で浮かんだASD関連物質がHevinだ。Hevinは、神経細胞のシナプス結合を増強する働きを持つたんぱく質だ。 たんぱく質はアミノ酸がつながってできている。見つかったHevinを構成するアミノ酸配列には、通常のHevinにはあるEFハンドモチーフと呼ばれる領域が欠損していた。 更に解析を進めた結果、変異したHevinは細胞外への分泌効率が低下し、小胞体内に蓄積されやすいことが判明した。Hevinが異常蓄積すると、小胞体の機能が損なわれた「小胞体ストレス」状態になることも分かった。 鶴田助教は続いて、ASD患者が多く発生している家系などの大規模遺伝子解析データベースで、EFハンドモチーフの領域内でHevinの変異例がないか探した。 すると、Hevinを構成する647番目のアミノ酸がトリプトファンからアルギニンに置き換わっている例(Hevin W647R)が見つかった。この変異体のHevinを培養細胞に入れて調べたところ、EFハンドモチーフが欠損した変異体と同様に分泌効率が低下し、小胞体ストレスが誘導された。 鶴田助教らが次に挑んだのが、Hevin変異体の構造解析だ。 筑波大計算科学研究センターと共同で、たんぱく質の動きをスーパーコンピューターでシミュレーションした。通常のHevinを構成するアミノ酸の連なりの片側には疎水性のトリプトファンがある。その外側を疎水性のアミノ酸が取り囲んでいる。一方、変異体では、トリプトファンが親水性のアルギニンに置換されたことで構造が崩れ、周囲の疎水性アミノ酸が露出されやすくなることが分かった。このため、Hevinが小胞体外へ分泌がされにくくなると考えられた。 今回の研究論文の筆頭著者、武富巧さん(HBP2年)は「今後は変異したHevinが神経活動や炎症応答に与える影響などを調べたい」と話す。 また、鶴田助教は「Hevinに変異があるマウスを使い、ASDのような症状を示すかどうか解析したい」と今後の展望を語った。(嵩元愛香=心理学類2年)