寄生蜂は他種の昆虫など(宿主)の栄養やエネルギーを利用して生活する寄生生物だ。その種数は、最も成功した動物群と言われる昆虫類(約100万種)の2割をも占めると推定されている。丹羽隆介教授( 生存ダイナミクス研究センター)、島田裕子助教(同)らの研究チームは、その中でもニホンアソバラコマユバチのゲノム配列(遺伝情報)を解読し、遺伝子の機能を調べる手法の開発にも成功した。寄生蜂の巧みな生存戦略の仕組みを、分子レベル・細胞レベルで解明することにつながる成果として注目される。 多くの寄生蜂は、宿主に産卵する際に、卵とともにさまざまな毒も一緒に注入する。宿主に麻酔をかけたり、宿主の免疫機構を破壊して卵が排除されないようにしたりするためだ。だが、寄生蜂は体のサイズが小さく、大量飼育も難しいため、どんな毒を出すのか詳しく分かっていなかった。このため島田助教らは、ニホンアソバラコマユバチのゲノム情報を解読し、毒を作る遺伝子の存在を予測することにした。あわせて、寄生蜂体内で特定の遺伝子の働きを鈍らせ、その役割を調べる手法も開発した。 ニホンアソバラコマユバチは体長2〜3㍉で、日本原産。モデル昆虫であるキイロショウジョウバエや果実の大害虫のオウトウショウジョウバエなどを含むショウジョウバエ属昆虫を広く宿主とし、メスだけで繁殖できる系統がある。 島田助教らはこの性質を生かし、1匹のニホンアソバラコマユバチから同じゲノム情報を持つクローン個体200匹を増殖させ、均質なゲノムDNAを大量に得た。体が小さくとも、均質な試料が大量にあれば高品質なゲノム解読ができる。 その結果、ニホンアソバラコマユバチのゲノムD N A 配列(約3億2200万塩基対) が解読され、1万2508個の遺伝子があると予測された。 これらの遺伝子にはハチ目の既知遺伝子の95・4%が含まれており、既に発表されている寄生蜂のゲノム情報に劣らない高い完成度だった。 遺伝子の機能を調べる手法には、二本鎖RNA干渉法(RNAi法)を用いることにした。 遺伝子からたんぱく質が作られる際には、DNAの情報がメッセンジャーRNA(mRNA)に写し取られる。 RNAi法では、mRNAに相補的な二本鎖RNAを人工合成し、細胞内に導入することでmRNAの働きを抑え、たんぱく質の合成を抑制(ノックダウン)する。 島田助教らは、体色の黄色みをつかさどる遺伝子エボニーを標的にした二本鎖RNAを、ニホンアソバラコマユバチの幼虫に注入した。すると、羽化した個体の体表表面の黄色みが減少して黒みが強くなり、RNAi法がノックダウンに有効だと確認できた。 ニホンアソバラコマユバチでの遺伝子ノックダウン成功は世界初だ。 研究チームは現在、解読された遺伝子情報とRNAi法を組み合わせ、毒を作り出す遺伝子の働きなどの詳細な解析を進めている。丹羽教授は「多くの研究者に今回解読したゲノムデータとRNAi法を活用してほしい。我々も、果実の害虫のオウトウショウジョウバエを撃退する農薬の開発などに貢献する成果を挙げたいと考えている」と話した。(加藤緑=生物学類1年)
寄生蜂の全ゲノム解読 害虫対策にも役立てたい
代表者 : 島田 裕子