米国を中心に有人月面探査計画「アルテミス計画」が進められるなど、人類が月や火星を目指す新時代がやってきた。その際に克服しなければならない課題が、重力の低下による筋肉の質や量の変化だ。筑波大の高橋智教授(医学医療系)らの研究チームは宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究で、その克服につながる研究成果を今春、相次いで発表した。 研究の舞台となったのが国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟だ。ここにはJAXAが開発した、微小重力から地上と同じ1Gまでの人工重力環境下でマウスを飼育できる可変人工重力研究システム(MARS)がある。 研究チームの工藤崇准教授(同)らは、マウスを微小重力、月面重力(6分の1G)、1Gの3種類の重力環境下で1カ月間ずつ飼育し、体を支える足の筋肉「ヒラメ筋」の質と量の変化を調べた。 その結果、微小重力では地上(1G)に比べて筋肉の量が約10%減少したが、月面重力下では減少は起きなかった。 筋肉には大きく分けて収縮スピードが早い速筋と、持久力に優れた遅筋の二つのタイプがある。 微小重力下ではこのうち速筋の割合が増えた。月面重力下でも、微小重力下ほどではないが、速筋の割合が増えていた。 つまり、月面の重力があれば体を支える筋肉量の減少は抑えられるが、持久力が弱まるなど質の変化は抑えられないということだ。月面で人類が生活する際、筋肉変化の対処法を考える上で重要なデータと言える。 一方、研究チームの藤田諒助教(同)らは、筋肉を速筋タイプにする遺伝子を特定した。 具体的には、MARSでマウスを微小重力下と1Gで約1カ月間飼育し、それらの骨格筋で働いている遺伝子を解析した。すると、大M a f 群転写因子(Mafa,Mafb,Maf) と呼ばれる3種類の遺伝子の発現が著しく上昇していることが分かった。 その働きを調べるため、大Maf群転写因子を全て欠損させたノックアウトマウスを作製した。このマウスの筋肉を調べると、3種類ある速筋線維(Ⅱa、Ⅱb、Ⅱx)のうち、最も速筋の特性が強いⅡbタイプがなくなり、ⅡxとⅡaの2種類だけになっていた。 反対に、マウスの筋肉に大Maf群転写因子を過剰に発現させると、本来はⅡbを持たない筋肉でⅡbが作出できた。 これらを踏まえると、大Maf群転写因子をターゲットにすることで、病気や加齢、宇宙での生活などで速筋化した筋肉の質を改善する薬の開発が進む可能性がある。 今回の二つの結果を受け、研究代表の高橋教授は「宇宙での生物学研究が、新しい発見に結びついた良い例で、これからも宇宙生物学研究から多くの発見があることを期待したい」と話した。(加藤緑=生物学類2年)