TSUKUBA FUTURE #123:バイオと電気を融合し、持続可能な社会に貢献

代表者 : 辻村 清也  

数理物質系 辻村 清也 准教授
私たちヒトは食事をエネルギー源にしています。そのメカニズムはどうなっているのでしょうか。そのカギは、酸化と還元です。
食品の三大栄養素と言えば、炭水化物、タンパク質、脂質ですね。これらの共通点は炭素原子がつながってできた有機物であること。消化酵素の働きなどで有機物が分解された後に、酸化酵素の働きで電子が取り出されます。この電子は、呼吸によって取り込まれた酸素に受け取られ、最終的に水と二酸化炭素ができます。この過程で食物のもつ化学エネルギーが生体エネルギーに変換されるのです。
ちなみに、電子を失う化学反応を「酸化」、電子を受け取る化学反応を「還元」と呼びます。つまり、生体内で起きる酸化還元反応で私たちは活動のエネルギーを得ているのです。

辻村さんの専門は生物電気化学。生体の酸化還元反応を担う酵素の機能を原子・分子・細胞レベルで解明することを目指しています。転機は農学部に所属していた大学3年生の時。授業で「生体内の反応は電子とイオンの移動で説明できる」と知って感動し、バイオテクノロジー研究志望から転進しました。現在は、生体内の酸化還元反応を応用して発電する「バイオ燃料電池」やさまざまなバイオマーカーを計測する「バイオセンサー」の研究開発に力を入れています。

辻村准教授
樹脂フィルム上に印刷されたバイオ燃料
電池センサー。辻村教授提供。

炭水化物のブドウ糖(グルコース)を例に、その仕組みを見ていきましょう。
マイナス極にはブドウ糖を消化する酵素(酸化酵素)を塗っておきます。酵素の触媒作用でブドウ糖が分解されると、電子と水素イオンが取り出されます。一方、プラス極には別の酵素(酸素還元酵素)を塗っておきます。その働きで、電子と水素イオンが空気中の酸素と結合し、水ができます。マイナス極とプラス極は導線で結ばれており、マイナス極からプラス極への電子の流れが生じるというわけです。
実はこの仕組み、基本的に燃料電池自動車や家庭用燃料電池に使われている水素燃料電池にそっくりです。燃料を有機物から水素に、酵素を金属触媒に変更すればいいのです。

辻村さんたちは今年4月、手軽に血糖値(血中のブドウ糖濃度)を調べられる指先ほどの使い捨てバイオ燃料電池チップセンサーを開発したと発表しました。
チップ表面は酵素を塗った電極になっており、その上に血液を垂らすと、血中のブドウ糖を燃料に発電が始まり、電流が流れます。血糖値と電流の大きさは比例関係にあるので、電流値を読み取ることで、血糖値を明らかにできるのです。
糖尿病治療では、自己血糖計測が推奨されています。日常生活の中で、よりよい血糖値コントロールを目指すことができるからです。血糖値測定チップは従来もありましたが、チップに電圧をかける専用の外部装置が必要でした。一方、辻村さんたちのチップは、それ自体が電池なので、チップに電圧を駆けたりする専用装置は必要ありません。スマートフォンなどの汎用機器で読み取れるようにすれば、大幅な低コスト化が図れます。
辻村さんは「いつでもどこでも、簡便かつ高精度に血糖値を測れるようになれば、糖尿病の早期治療や早期発見につながる。血中の他の物質の計測にも使える手法だ」と話します。

辻村准教授
留学生を指導する辻村准教授

辻村さんは、東京理科大の四反田功准教授などと共同で、汗に含まれる乳酸や尿に含まれる糖(尿糖)を燃料にして発電するバイオ燃料電池も開発してきました。血糖値チップと同様に、現時点ではセンサーとしての利用が想定されています。
乳酸用、尿糖用のいずれも、薄い紙の上に電極となる炭素が印刷されています。その上に酸化酵素や酸素還元酵素を塗れば、バイオ燃料電池になるのです。シート上で,電池を並列や直列につないで電圧や電流を目的に応じて調整することができ、曲げても使えます。
尿糖用のバイオ燃料電池は、血糖値用と同様に糖尿病患者の早期発見などに貢献できます。辻村さんと四反田さんたちは、バイオ燃料電池と無線送信機を組み合わせた尿糖検出装置も考案しました。バイオ燃料電池が尿糖を検出して発電を始めると、それを電源にして無線送信機が電波を発信します。オムツに仕込んでおけば、尿糖の遠隔モニタリングができ、交換時期も把握できます。
汗の中には電解質や金属イオン、代謝物質などが含まれています。激しい運動で生じる乳酸もその一つです。乳酸用バイオ燃料電池を体に貼っておけば、その発電量の変化から汗中の乳酸量の変化が分かるため、スポーツ選手や建設作業員の運動強度や作業強度の管理に活用できます。

辻村准教授
辻村清也准教授。
学生にはいつも「想像力を養おう」と話している。

現状では、得られる電力は1㎽程度ですが、ブドウ糖を燃料にした場合、理論的にはリチウムイオン電池を超えるエネルギー密度(単位質量当たりのエネルギー量)を有する軽くて長持ちする電池ができます。しかも、一連の反応は常温・常圧・中性で起き、通常の燃料電池のように貴金属や触媒に使うこともありません。バイオ燃料電池の性能が向上すれば、安全性が高く、環境負荷も少ない高性能電池が登場することになります。

辻村さんは「生体内の反応をまねてエネルギーを作るという発想は100年前からあったが、実用化は進まなかった。触媒の性能を充分に引き出す新材料の開発や作動原理の解明に取り組んでいきたい」と話しています。

(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)