コロナ禍では世界中でメンタルヘルスの悪化が問題となった。警察庁の自殺統計によれば、感染症拡大が始まった2020年の国内の自殺者数は前年比912人増の2万1081人で、11年ぶりに増加した。その後も減少傾向にはない。 その要因は何なのか。筑波大で災害・地域精神医学を専門としている太刀川弘和教授(医学医療系)と国際公共政策を専門としている松島みどり准教授(人社系)は大規模アンケートの分析から、死にたい気持ち(自殺念慮)には、経済的な苦境や社会的孤立よりも孤独感が強く影響することを明らかにした。 孤独感は主観的なもので、客観的に捉える社会的孤立とは異なる。だが、孤立が孤独感をもたらすこともあり、自殺念慮にどちらがより強く影響するのかよく分かっていなかった。 分析には「日本におけるCOVID︱19問題による社会・健康格差評価研究(代表:大阪国際がんセンター・田淵貴大氏)」で収集された約2万6000人の全国アンケートのデータを用いた。不自然な回答などを除き、20代から50代の男性6436人、女性5380人を分析対象とした。調査では「2020年4月以降で死にたい気持ちがあったかどうか」「それは今回初めてそう思ったのかどうか」を尋ねた。これらを「コロナ禍での自殺念慮の有無」と「コロナ禍で初めて抱いた自殺念慮の有無」として、男女それぞれ2群に分類した。そして、孤独感の程度を測る尺度や心理的苦痛を測る尺度、孤立の程度、経済的苦境の程度などの指標を各2群間で比較、分析した。 その結果、男性の15%、女性の16%が自殺念慮を抱いていた。そのうちコロナ禍で初めて自殺念慮を抱いた人は男性23%、女性20%だった。分析対象者の約半数が孤独感を感じていた。 孤独感が自殺念慮に与える影響(有病率)は、孤独感がない場合に比べて男性で4・83倍、女性で6・19倍となった。これはコロナ感染(男性1・61倍、女性1・36倍)、収入減(男性1・28倍、女性1・26倍)、社会的孤立(男性1・03倍、女性1・05倍)の有病率よりはるかに強かった。 孤独感が自殺念慮に与える影響は、抑うつ状態を経る場合と経ない場合がある。抑うつ状態を経ない場合に限った有病率も男性3・60倍、女性4・33倍と高かった。 これは孤独感が直接的にも、抑うつ状態を介しの場合は、コロナ禍で悪化した孤独感が自殺念慮の発症に最も強く影響していたことも分かった。 松島准教授は「自殺対策では、物理的な孤立対策に加え、孤独感を抱いている人々への心理的サポートが欠かせないことがより明確になった」と指摘する。 また、太刀川教授は「周りと話さず、一人でいるような人に話し掛けてほしい。孤独感から自殺念慮が生まれることを防ぐきっかけになる」と話した。