虫と微生物の関係を通して見る共生の真の姿

共生は理想的な関係なのか

みなさんは「共生」という言葉から、どのような印象を受けるでしょうか。互いが互いを思いやる理想的で美しい関係、そう思う方もいるかもしれません。しかし生物の共生関係は、そんな理想的な関係とは限りません。互いが相手を利用して利益を得ようとする闘争の末に現れた、安定点に過ぎないかもしれないのです。今回は、産業技術総合研究所の深津武馬先生に共生細菌のお話、そして深津先生の考える研究や研究者の姿を伺いました。

宿主の性を操作する共生細菌

私たちヒトを含む哺乳類では、性はXとYの性染色体によって生まれながらに決められています。しかし、誕生した後にオスになるのか、メスになるのか決まる生物もいます。例えばカメやワニなどの爬虫類は、卵の周りの温度によって性別が後天的に決まります。また、クマノミの仲間は群れからメスがいなくなると、一番大きなオスがメスになることが知られています。「性は生まれながらに決まるとは限らず、柔軟に変化しうるものだ」と深津先生はおっしゃっていました。

昆虫で見られる共生細菌の中には、宿主である虫の性比を変えてしまう種類がいます。テントウムシや蚊、チョウなどの身近な昆虫の体内にもいる共生細菌の一グループであるボルバキア(図1)は、自らの利益のために宿主のオスを殺したり、オスからメスへの性転換をもたらしたりします。ボルバキアによる宿主の操作は、深津先生の研究テーマの一つです。

図1.ボルバキアWolbachia
アズキマメゾウムシに共生したボルバキア(矢印、透過型電子顕微鏡で撮影) 深津武馬先生ご提供

共生細菌は、宿主の細胞の細胞質中に生息しています。宿主から宿主の子に共生細菌が受け継がれるには、受精卵に共生細菌が入る必要があります。ですが宿主の精子は小さく、その細胞質に共生細菌が入ることは困難です。そのため、共生細菌は卵の細胞質に入ることでしか受精卵に入ることはできず、メスに寄生した共生細菌のみが次世代の宿主に受け継がれます。すなわち、メスに寄生すること、そして寄生したメスがたくさんのメスの子孫を残すことが、共生細菌の子孫繁栄に重要となります。

そこでボルバキアなどの共生細菌は、あの手この手で宿主のメスが有利なように、あるいは次世代のメスの割合が増えるように工夫します。例えばテントウムシの卵を観察していると、卵塊の半分しか孵化しないことがあります。これは、ボルバキアに感染したことによって、オスの卵が死亡することで起こる現象です。テントウムシにとっては子どもの数が半分になってしまう大問題ですが、メス経由でしか次世代に引き継がれない共生細菌にとっては何の問題もありません。それどころか、孵化したテントウムシのメス幼虫は栄養豊富な死んだオスの卵を食べることで生存力が上がるため、共生細菌にとってオス殺しは有利に働きます。

「さらに複雑な細胞質不和合という方法で、宿主のメスの適応度を上げるボルバキアも存在する」と深津先生は言います。このタイプのボルバキアに感染した個体同士が交尾した時や、感染したメスと感染していないオスが交尾した時には、その卵は正常に発生します。しかし、感染していないメスと感染したオスのペアから生まれた卵は細胞質不和合という現象を起こして死んでしまいます。こうなると非感染メス、すなわちボルバキアを次世代に受け継がないメスが子孫を残せる確率は、感染したメスよりも低くなります(図2)。すると、世代を重ねるに従って感染した個体の割合は次第に増え、ボルバキアが宿主の集団内で広がっていくことができます。

図2. 細胞質不和合によってボルバキア感染メスの適応度が上がる仕組み
ボルバキアに感染したメスはどのようなオスと交尾しても子孫を残せるが、ボルバキアに感染していないメスは感染したオスと交尾した場合に子孫を残せないため、子孫を残せる確率が感染したメスよりも低くなる。

また、宿主のオスをメスに性転換させることでメスの割合を増やすボルバキアもいます。キチョウという黄色い小さなチョウは、日本全国に生息しており、筑波大学や産業技術総合研究所のある茨城県つくば市でも見られます。つくばで採集したキチョウに卵を産ませると、オスとメスの両方が出てきます。しかし種子島や沖縄本島で採集したキチョウに産卵させると、メスばかり出てくる場合があることが知られていました。種子島産のキチョウの幼虫に抗生物質を与えてボルバキアを除去してみると、オスとメスの中間的な個体が現れました。これは、ボルバキアによってオスがメスに性転換させられていたことを示唆します。

このように、宿主である昆虫に共生した細菌が自らの繁栄という利益を得るために、利己的に宿主昆虫の性を操作するという面白い現象があります。

 

共生細菌が人類の未来を拓く?

共生細菌の研究は科学として面白いだけでなく、この研究を通じて人類が抱える問題を解決できる可能性があります。共生細菌には宿主を操作する能力がありますが、これを活用すれば選抜による品種改良や遺伝子組換えを行うのと同様に、利用したい生物に人にとって有用な性質を与えることができます。

農業分野において、既存の農薬の効果を十分に発揮するためにも共生細菌の理解が欠かせません。害虫の天敵となる昆虫や微生物が、「生きた農薬」である生物農薬として用いられることがあります。害虫に寄生して幼虫を殺す寄生蜂や、小さな害虫を捕食するカブリダニなどの生物が、生物農薬として利用されています。生物農薬は、生物間相互作用を利用した技術ですが、その効果が別の生物間相互作用である共生によって打ち消されることがあります。

例えば、アブラムシは農業害虫として重要で、その防除に寄生蜂が生物農薬として用いられることがあります。寄生蜂がアブラムシの幼虫に卵を産み、幼虫の体内で寄生蜂の卵が孵化して幼虫を食べることで、アブラムシを抑制することができます。しかし、エンドウヒゲナガアブラムシにある種の共生細菌が共生していると、共生細菌の作る毒素によって寄生蜂の卵が死亡してしまうため、寄生蜂の効果が打ち消されてしまうことが知られています。

似たような現象として、バークホルデリアという細菌がホソヘリカメムシに共生すると、有機リン系の農薬に対する抵抗性を虫にもたらすことを、2012年に深津先生のグループが発表しました。ホソヘリカメムシという害虫に共生するバークホルデリアは、親から子へ受け継がれる多くの昆虫の共生細菌とは異なり、ホソヘリカメムシの幼虫が土壌から取り込むことで共生することが知られています。一方、先行研究において殺虫剤を分解する能力のある細菌として、バークホルデリアが単離・同定されていました。

そこで、深津先生のグループはまずフェニトロチオンという有機リン系の殺虫剤を分解する能力をもつバークホルデリアを、ホソヘリカメムシに共生させてみました。共生させてもホソヘリカメムシの生存に悪影響は見られなかった一方、殺虫剤であるフェニトロチオンに対する耐性は共生によって顕著に上昇しました。土壌にフェニトロチオンを高頻度で散布したところ、フェニトロチオンを分解できる細菌の密度が上昇しました。この土壌で栽培したダイズを餌としてホソヘリカメムシの幼虫を育てたところ、90%以上の個体がフェニトロチオンを分解する細菌を獲得することがわかりました。これらの結果から、殺虫剤に対する抵抗性は害虫の性質だけでなく、共生細菌の性質によっても変化することが明らかになりました。これは、共生細菌という新たな観点からも害虫対策を考える必要があることを示しています。

 

図3. ホソヘリカメムシと、その体内に共生するバークホルデリア (バークホルデリアを蛍光色素で染色して撮影) 深津武馬先生ご提供

新しく正しい発見には普遍的な価値がある

現在、地球上で最も多くの人が亡くなる原因となる病気は、癌や心臓病といった先進国でよく見られる疾患ではなく、蚊によって媒介されるマラリアだと言われています。蚊はマラリア以外にもデング熱などの感染症を媒介することで知られていますが、感染症を抑制するために蚊を根絶するわけにもいきません。そこで共生細菌を用いて、病気を媒介しにくくする性質を蚊に付与するというアイデアが考えられました。

このアイデアの実装につながる発見が、2008年に発表されました。ボルバキアが共生したショウジョウバエに病原ウイルスを感染させてみたところ、そのウイルスの増殖は抑制されることが報告されたのです。そしてショウジョウバエだけでなく、ネッタイシマカ(蚊)も、ボルバキアと共生するとデング熱ウイルスやマラリア原虫などへ感染しにくくなることが明らかになったのです。この発見によりボルバキアを感染させるだけで、ネッタイシマカが感染症を媒介するのを抑制することができると予想されました。

ボルバキアを共生させたネッタイシマカを大量に放すことで、野生のネッタイシマカ集団にボルバキアへの感染を広めることができるか検証する野外実験が、オーストラリアで行われました。この実験では、ネッタイシマカの野生集団にボルバキアの感染を広げることに成功しました。今日では、世界各地で野外実験による実証試験が行われているそうです。将来的には共生細菌を利用することで、蚊が媒介する疾患の苦しみから人類を解放することができるかもしれません。

「科学的に新規なこと、正しいことは普遍的な価値を持つ」と、深津先生は言います。宿主昆虫を操作する共生細菌について行われた発見は、面白く興味深い現象です。しかし、それだけに留まらず人の生活を豊かにする可能性も秘めています。新しい発見が普遍的な価値を持つからこそ、各国がこぞって基礎研究に投資をしているのでしょう。

割に合わないことまでできる研究者は強い

深津先生が初めて共生細菌を研究されたのは大学生の時で、最初のテーマはアブラムシの共生細菌だったそうです。その後、カメムシやショウジョウバエ、カイガラムシ、トコジラミなどを材料として、オス殺しの仕組み、共生細菌から宿主昆虫への遺伝子の水平伝播、栄養供給など、様々な現象を明らかにされました。どのようにして多様な研究のテーマを見つけているのか伺ったところ、興味を持って古い文献を調べていくと見つかるとおっしゃっていました。また、フィールドに出て調べてみると、面白い現象が見つかり、その発見が研究テーマの元となることもあるそうです。その点で、便利でありながらも豊かな自然が残るつくばは研究を行う場所として絶好の環境とのことでした。

また深津先生のグループでは、トンボやセミ、ゴキブリなど幅広い分類群の昆虫を材料とした研究が展開されています。「色々な生物に興味を持つ研究者が在籍している」ことが、多様な材料を扱った研究を行える秘訣だそうです。研究を進めるのは研究者であるため、その研究者のモチベーションが大切で、「やはり大事なのは生物への愛だ」とおっしゃっていました。深津先生の考える研究者の強さとは、合理的に考えるとそこまでやらなくてもいいと思うような、割に合わないことまでできることだそうです。

【取材・構成・文:八尾晃史 (生物学類 卒業)】