しいたけやなめこなど私たちが手軽においしく食べられるキノコ、お風呂場にたまに現れる手強いカビ、人間にとって有益な微生物である酵母。これらは姿かたちが全く異なりま すが、全て「菌類」に属しています。そして、このような多種多様の菌類には植物と密接に関わって生活しているものがあり ます。その中に、Aという植物には害を与えずに穏やかに共生するにもかかわらず、Bとい う植物に対しては病原菌として振る舞い、ときに枯死させてしまう、いわば同居する相手によって態度を変える「2つの顔を持つ菌類」がいます。これらの「2つの顔を持つ菌類」について、そして「ブドウをダメにする同居人」であるブドウさび病菌について、さらには学問を研究する上で大切なことは何か等について、生命環境系所属の岡根泉先生にお話を伺いました。
顕微鏡と共に育った少年時代
岡根泉先生
岡根泉先生は、1984年に筑波大学第二学群農林学類 (現:生命環境学群生物資源学類) に入学しました。筑波大学の農林学類を選んだ理由は、「大学で自分のやりたいことを思い切り学びたい」と考えたからだそうです。岡根先生がやりたかったこと―それは、「顕微鏡を使って研究をすること」でした。岡根先生は、高校で生物の教員をする傍ら、ミズカビ (クロミスタの一群) の研究もしていたお父様の影響で幼少の頃から顕微鏡を身近に感じて育ちました。そのような環境の中で、大学では慣れ親しんだ顕微鏡というものを使って勉強したいと考えるようになったそうです。そして、学類4年の時にさび病菌の研究を行っている研究室に入り、1993 年に筑波大学大学院農学研究科の博士課程を修了します。その後、武田薬品が設立した微生物培養株の保存・研究機関である (財) 発酵研究所 [現 (公財) 発酵研究所] の研究員として就職した岡根先生。さび病菌は絶対寄生菌 (寄生する先の宿主がいないと生活できない菌のこと) であり、培養ができません。そこで岡根先生はさび病菌ではなく、植物内生菌の研究を始めました。
2つの顔を持つ生き物、植物内生菌
植物内生菌とは、植物の体内で生息する菌類のことです。対象の植物の種類や生理状態に よって、その生活様式は片利共生、相利共生、場合によっては寄生に変化することもあるようです。この植物内生菌の中には、ある植物上では病原菌として振る舞っていたのに、違う植物上 では何の害も及ぼさずに生活する菌がいます。これが冒頭で紹介した「2つの顔を持つ菌類」です。過去の研究から、ランの葉に斑点症状を引き起こす病原体として考えられてきた菌が、ツツジ科の植物では穏やかに共生していることが分かりました。ランとツツジは系統的に全く違う植物です。このことは、この菌の宿主範囲がとても広く、宿主それぞれとの関係性 (「普通の同居人」になるか「迷惑な同居人」になるか) も異なる可能性を示しています。ある菌が「迷惑な同居人」である病原菌になるには、対象の植物の生理状態も重要になります。人間には風邪をひきやすい人とひきにくい人がいて、普段風邪をひかない人でも抵抗力が落ちていると病気にかかりやすくなることがあります。植物にもこれと同じ現象が見られるのです。ストレスの量などの生理状態の違いによって、植物内生菌は病原菌にも、俗に言う日和見菌のような存在にもなり得ます。
このように、「植物内生菌における宿主の種類や生理状態、および菌と植物との関係性を 多面的に調べることで、菌の機能や生きざまを知ることができます」と岡根先生はおっしゃっています。
さび病菌―ブドウの大敵
さび病菌に感染したブドウの葉
2012年1月、岡根先生はかつてご自身が学類生時代と院生時代を過ごした筑波大学の植物寄生菌学研究室に教員として戻ってきました。そして、植物病原菌の1つであるさび病菌の研究を再開します。岡根先生はさび病菌の中でもブドウに害を及ぼすブドウさび病菌に注目しました。ブドウさび病菌は東アジア、東南アジア、北米や南米の一部などで発生している菌です。これらは別々に発生したのではなく、東南アジアに起源を持つ菌が種分化を伴いながら新大陸へと分布を広げ、そこで長い年月をかけて独自の系統を発展させたと推定されています。「植物との共進化が推定されるさび病菌のような菌類を研究することは生物地理学上も重要です」 (岡根先生) 。また、菌は植物と切っても切れない関係にあり、植物と共進化してきた生物といっても過言ではありません。すなわち、菌の進化を調べることは植物の進化の様相を解き明かす手がかりにもなり得るのです。
さび病菌はコムギなどの穀類や果樹などに甚大な被害を与えます。さらに近年では、世界規模で重要作物のさび病の拡大が懸念されています。しかし、世界的にもさび病菌の研究を行っている研究者は少ないのが現状だそうです。「あまり研究が進んでいなくても、そのようなことに関係なく、特に地球温暖化の影響などにより、さび病菌は世界中でその被害をますます拡大させるかもしれません」と危惧する岡根先生。つまり、研究が進んでいない現在の状況だと、さび病菌が日本でも猛威を振るう可能性が高いということです。だからこそ、このようなさび病菌によるさらなる被害を防ぐために基礎生物学的な情報を蓄積しようと、岡根先生は研究に尽力していらっしゃいます。
常に能動的であれ!
研さいました。
また、前述の遺伝子解析技術は就職後に身につけたそうで、岡根先生でも最初は慣れない 操作に戸惑ったとのことです。この時、先生は自分がそのことについて不得意だと認め、それを乗り越えるために様々な方法を試しました。「様々な方法を試して、ダメなら新しい材料を使って解析し直す。それでもダメなら諦める。でも、諦めると同時に上手くいかなかった原因を論理的に考えることがとても大切です。そして、その原因すらも面白がるべきなんじゃないかな」と岡根先生はおっしゃいます。ノルマに囚われ、ノルマに追われる研究ではなく、失敗すらも楽しむという前向きで能動的な姿勢が大事なのです。
あとがき―若き科学者たちに伝えたい、探求心の大切さ
研究試料を持ち笑顔を浮かべる 岡根先生
岡根先生のお話をお聞きし、研究を続けていく上では前述の「能動的な姿勢」がとても大 切だと痛感しました。
またインタビューの最後に、岡根先生は高校や大学で生物を学んでいる学生たちにメッセージをくださいました。「まずは疑問を持つこと。つまり探求心を持ち続けること。そし て、それらの疑問をすぐに調べること」。このメッセージから私は、こうした姿勢を持ち続けることで自分の世界が広がって、今まで見えてこなかったものが見えてくるのではないかと考えました。そして、こうした心がけが、前述の「能動的な姿勢」なのではないかと気づきました。1つのことに縛られないで、様々なことに目を向ける。このことこそが、研究者として、そして人間として成長するために大切なのではないかと強く感じました。