皆さん、毎日ご飯は食べているでしょうか。ヒトをはじめ、多くの生き物は何かを食べて生活しています。これは目に見えない単細胞の微生物たちも例外ではありません。いくつかの微生物は他の細胞を自身の細胞に取り込み捕食する「食作用」と呼ばれる機能を用いて、生きるために必要な栄養を得ています。この「食作用」は真核生物特有の特徴として考えられてきました。しかし、石田健一郎先生らのグループによって西太平洋のパラオ共和国(パラオ)の海洋で、食作用を示す原核生物が発見されました。今回はパラオで発見された不思議な生物について石田先生にお話を伺いました。
〇未知の原核生物、「ウアブ」
石田先生の研究室では原生生物の多様性や進化について研究されています。原生生物とは真核生物のうち動物・植物・菌類以外の生物の総称です。具体的には藻類やアメーバなどが含まれます。原生生物は海や川、土壌など様々な環境に生息しているため、多様な環境からサンプルを採取することで、新たな生物が見つかる可能性が高まります。そうしたサンプル採取の一環でパラオの海洋水も採取していました。それを石田研究室の学生が顕微鏡で観察していたところ、周囲のバクテリアを捕食するアメーバのような生物を発見しました。この生物のサイズはおよそ5~10マイクロメートルと一般的な原核生物と比べて大きく、食作用のような行動を示すことから「真核生物だろう」と考えられました。しかし新しい真核生物の系統を調べる際に用いられる18S rRNA遺伝子配列の取得を試みましたが、真核生物なら持っているはずのこの遺伝子が見つかりません。そこで原核生物に対して用いられる16S rRNA遺伝子の探索を行うと、その遺伝子配列が得られました。しかもその遺伝子配列は既知の原核生物の配列とは異なるものでした。つまり、その未知のアメーバ様生物は真核生物ではなく、これまで知られていない新しい原核生物であることがわかりました。原核生物であるにもかかわらず、真核生物特有の食作用をもつということは、この生物は真核生物の祖先である可能性を示しています。すなわち、これは真核生物の進化の歴史を解き明かす大きな発見であるかもしれないのです。
これまで真核生物特有と考えられてきた「食作用」をもつ原核生物。石田先生らはこの生物をパラオの神話に出てくる大食いの巨人Uabにちなんで「ウアブ」と名付けました。研究を進めると、ウアブはプランクトミケス門という原核生物の大きなグループに含まれることがわかりました。しかし、真核生物は原核生物の古細菌とより近縁であるため、古細菌から進化したとされています。そして、プランクトミケス門は古細菌とは系統が全く異なります。ウアブは真核生物の特徴を持つ一方で、その系統は真核生物の祖先とは異なるのです。ウアブの食作用は真核生物の進化に関わるものなのか、それとも独立に獲得されたものなのか、石田研究室ではさらに研究を進めています。
※rRNA:タンパク質合成に関わるリボソームを構成する分子。すべての生物がもち、種のレベルで相同性が高いことから、系統の解析に用いられる。
・「原核生物の常識覆す、他の生物を丸のみする新バクテリア発見」
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/images/pdf/p201912111800-2.pdf
・「新発見のバクテリア ウアブが運動する様子」
・「新発見のバクテリア ウアブがバクテリア(緑色)を捕食する様子」
〇生き物と過ごした少年時代
「まだ、知らない生き物がたくさんいて、それを探さないといけないと思う。新しい生物を調べれば、新しい知見が得られたり、進化のことがよりわかったりする。」と石田先生はウアブの研究について、そのおもしろさを語りました。
そもそも生き物を見ること自体が好きで、顕微鏡を覗いて、いろいろな生き物を見つけることが楽しいという石田先生。先生の生き物好きは幼少期まで遡ります。石田先生は、ご両親と自然の中で過ごす時間が多かったことから、子どもの頃から生き物に興味があり、小学生の時はクラスで1番の昆虫博士だったそう。それから植物を観察したり、魚などを捕まえたりと様々な生き物に関心を寄せていきます。「とにかく生き物が大好きで海に行っても浜辺で遊ぶより、岩場で魚を見るほうが楽しかった」とおっしゃいます。その後、筑波大学生物学類に進学し、卒業研究時には、藻類の研究室に入りました。大学院生の時にクロララクニオン藻の新種を発見したことをきっかけに藻類、原生生物の多様性や進化に強く興味を抱くようになり、現在まで続いているそうです。
〇「やってみる!そして楽しむ!」
生き物への強い興味とそれを楽しむ心を持つ石田先生。しかし大学院卒業後のカナダ留学では非常に苦労したといいます。その時の研究テーマは藻類の進化に関するもの。藻類はかつて、ある細胞に別の細胞が入り、1つの細胞となることで生まれた生物です。この別々の細胞が1つの細胞になるメカニズムの解明のために4年間研究をされていましたが、結果は出なかったそうです。それでも石田先生は「あれを変えてみよう、これをやってみようとか自分で考えることが楽しかった。」と当時を振り返っていました。こうした経験から「やってみる、そして楽しむ」ことを大切にして研究をされています。
そもそも石田先生が藻類の研究室に入ったきっかけの一つは「サンプル採集で沖縄に行けること」だったそうです。きっかけ自体は打算的ですが、その後、研究に積極的に取り組み、今もこうして新たな生物を発見しています。「きっかけは何でもいいから、とにかく続けてみる。そうすれば発見があったり、何かに貢献できたりする」とおっしゃっていました。
今、研究をしている、これから研究をする学生に伝えたいことを尋ねると「研究はうまくいかない、苦労することがたくさんあるが、それも楽しむ、その先にやりがいや達成感が見つかるはず」と答えてくださいました。「論文を読まなくてはいけない」、「結果がなかなか出ない」など苦しい状況でも「やってみる、そして楽しむ」この気持ちをもち続け、研究に臨むことが、科学の真のおもしろさを知るための大事な一歩なのかもしれません。
【取材・構成・文 生物学類4年 宇土 秋良】