ハエとヒトに意外な共通点が!? ―ショウジョウバエを使った研究の秘めたる可能性―

代表者 : 丹羽 隆介  

勉強や食事、読書をしていると自分の周りにハエが飛んでくることはありませんか?羽音を立てて飛び回るハエに不快感をもち、手で払うこともあると思います。そんなハエですが、実は私たちヒトとよく似た部分があるのです。具体的にどのような部分が似ているのでしょうか?ヒトでは腸ホルモンによってエネルギーの調整が行われています。同じようにショウジョウバエでも腸ホルモンによってエネルギーを調整しているということがわかったのです。ショウジョウバエを使った研究をしている丹羽隆介教授にヒトとショウジョウバエの似ているところについてお話を伺いました。

ヒトと同様、ハエでも腸から分泌されるホルモンが脂質代謝に重要な働きを持っていた!

昆虫にとって卵の生産はエネルギーを大量に消費するため、交尾したときにだけ生殖幹細胞の生産を増やすシステムは非常に重要です。ショウジョウバエの腸ホルモンのニューロペプチドF(NPF)は生殖に重要な働きがあることは以前から知られていました。ショウジョウバエが交尾をすると雌の腸内でNPFが分泌され、卵巣に運ばれます。すると卵のもとになる生殖幹細胞の生産が増えるのです。

丹羽先生たちはNPFが生殖だけでなく、脂質代謝に対しても重要な働きをしていることを明らかにしました。私たちヒトやショウジョウバエを含めた多細胞生物は、生体の内部や外部の環境の変化に関わらず生体の状態が一定に保たれる性質を持っています。このような性質を「恒常性」といい、ヒトの体温や血糖値はその代表的な例です。体内で産生されるホルモンや神経伝達物質は恒常性を維持するのに重要な働きを持っています。ヒトの体内では、食事によって摂取された栄養が腸で感知されると、腸内分泌細胞からインクレチンというホルモンが分泌されます。インクレチンは膵臓のランゲルハンス島という内分泌腺に運ばれ、インスリンの分泌を促進し、一方でグルカゴンの分泌を抑制します。インスリンは脂肪合成を促進しエネルギーを貯蓄させる働きがあり、グルカゴンは脂肪分解を促進することでエネルギーを産生させる働きがあります。このように脂肪の合成・分解が制御されることでエネルギー産生が調節され、血糖値が正常に保たれています。驚くべきことにショウジョウバエもこのようなヒトと同様の脂質代謝調節機構を持っていたのです(図1)。

 

 

ショウジョウバエとヒトの意外な共通点 「ショウジョウバエにだって失恋によるストレスはある!」

ショウジョウバエとヒトの共通点は他にもたくさんあります。例えば「失恋ストレス」。ヒトは失恋をすると、やる気が落ちたり、お酒の量が増えたり、しばらく恋愛から離れたりなどのストレス応答が起きます。ショウジョウバエにも失恋ストレスは存在し、同様のストレス応答がみられることがわかっています。ショウジョウバエは雌と雄が対峙したときに必ず交尾が行われるわけではありません。雌が雄の魅力を分からないことがあり、交尾に至らない場合があります。ふられた雄個体を集め、次の雌に交尾を仕掛けるか観察すると、明らかにアタック率が減ることがわかっています。また、与えた餌のどちらを多く食べるかを調べる摂食選択実験により(図2)、ふられた雄個体はお酒の量が増えたり、薬剤に溺れる率が高くなったりすることがわかっているそうです。

 

ショウジョウバエの研究からヒトの医療にアプローチする

ヒトとショウジョウバエの間にはたくさんの共通点があることから、ショウジョウバエの研究をヒトの医療に応用しようという動きが増えています。アメリカではショウジョウバエの研究者と難病患者の治療にあたっている病院が連携する全米規模のネットワークができているそうです。現在は生物のDNAの塩基配列がもつ遺伝子情報を総合的に解析する技術(ゲノムシーケンス)が強力になっています。そのため、ヒト一人の遺伝子情報を比較的簡単かつ低コストで知ることができます。同一家系の中で、難病にかかってしまった人と発病していない人の遺伝子比較や、全米で同じ難病にかかった人の遺伝子を比較していくと、病気の原因遺伝子の候補がわかります。でも、候補の数は少なくとも数百程は残ってしまいます。この中から原因遺伝子を特定するのにショウジョウバエが使われているのです。ショウジョウバエの全遺伝子数は約14,000で、ヒトの全遺伝子数の半分ほどですが、約60%はヒトと共通の機能を持つ遺伝子であるといわれています。ショウジョウバエであれば、100個の遺伝子のノックアウト個体※1や過剰発現個体※2をつくる作業は難しくありません。これらの個体を使って研究をすることで、どの遺伝子に変異があると病気が起きてしまうかを調べることができます。

ショウジョウバエを用いた研究はヒトの医療への応用の可能性を秘めており、期待が大きいのです。

※1)ノックアウト:個体標的となる遺伝子をコードする塩基配列の一部を人為的に欠失させ、機能を欠損させた個体。

※2)過剰発現個体:標的となる遺伝子を人為的に過剰発現させた個体。

新しい発見は生のサンプルの観察から生まれる

「僕の研究室では、ここの所、研究の方向性は僕が決めるのではなくて、学生の気づきからなんですよね」と丹羽先生はおっしゃいます。実際に今回ご紹介した脂質代謝とNPFの研究に関しても、学生の気づきから生まれたものだったそうです。生殖幹細胞とNPFとの関連について研究していた学生がいました。彼は丹羽先生とのディスカッション中に「NPFをノックアウトしたショウジョウバエを観察すると、どうみても痩せている感じがするんですけど」といったそうです。そこで、脂質を測ってみたら、見事に減っており、エネルギー代謝にNPFが効いているのではないかという考えに至ったそうです。

「僕は今や、デスクワークがとても増えてしまって、実際に生き物に触れたり、実験をしたり、顕微鏡の下でサンプルをじっくり見たりといった「現場」に出る頻度がとても少なくなってしまった。現場に出なくなった人間は偉そうなことを言ってはいけない。やはり生のサンプルを見ている人を一番尊敬したいと思っているんですよ。学生が見つけてきたもので良いものがあったら、できるだけその人の新しい方向性でナビゲーションしていくのが教員の役目かなと思っています。もちろん、僕自身が着想できることはまだまだあるけれど、それ以上に生のサンプルを見ている人の直感を大事にする研究室にしたい。そんな雰囲気の中で動物の生理学や発生学を分子・細胞レベルで探究できれば、僕も学生も楽しく研究ができるのかなって思います。」と言葉を残してくださいました。

今回のインタビューで、現場に出て生のサンプルを見ることの大切さを改めて感じることができました。充実した楽しい研究活動を送るために、私自身も生のサンプルとたくさん向き合ってみようと思いました。

【取材・構成・文  生物学類4年 松本和也