システム情報系
吉瀬 章子(よしせ あきこ)教授
1962年生まれ。横浜市鶴見区出身。1985年東京工業大学工学部経営工学科卒業、1990年同大学大学院理工学研究科経営工学専攻博士後期課程単位取得退学、1990年工学博士(東京工業大学)。以来数理最適化の理論と応用の研究に従事。1990年筑波大学準研究員、2007年同大学教授。1992年INFROMS(米国OR学会)計算機技術部門賞、1993年同学会ランチェスター賞、2007年日本OR学会文献賞。
スケジュール管理からまちづくりまで
授業の時間割や職場のシフト表などは、適当に並べるだけで作られているわけではありません。
同じ時間帯に必修科目が重なったり、超過勤務になったりしないように、
さまざまな条件が考慮されています。数学的・統計的な手法を使って、複雑な制約条件を
満たす最適解を見つけるのが、オペレーションズ・リサーチというアプローチです。
最適化のアルゴリズムの最先端を追いつつ、身近にある現実の社会課題への応用に取り組んでいます。
最適化で社会が機能する
高校生を対象としたシグマ記号導入の説明の再現
(高校生を対象としたシグマ記号導入の説明の再現)
宅配の配送システムや、看護師の勤務シフト、移動ルートの探索など、私たちの暮らしには、いくつもの制約条件を満たしながら、スケジュールや人員配置が緻密に管理されている場面がたくさんあります。また、地域の開発なども、そのエリアの特徴やそこに住む人々の動向などに基づいて、みんなにとって住みやすい街になるように計画されています。これらのシステムを支えているのが最適化という手法です。直接的に意識することはないかもしれませんが、こういった仕組みがうまく機能していることで、便利で快適な社会が成立しています。
なかなか両立しない条件の落とし所を見つけて、目的のことがらを最大化もしくは最小化する、というのが最適化の役割です。社会全体について当てはめると、エネルギーや情報、サービス、人材といった資源をどのようにしたら最も良く活用できるか、ということでもあります。考慮すべき条件や選択肢を数理モデルに入力し、アルゴリズムに従って、少しずつ条件を入れ替えながら計算して最適解を求めます。モデル化されているので、条件が変更された場合でも簡単に計算し直すことが可能です。
学内の課題も最適化で
筑波大では、2021年度から総合学域群という新しい学群が設置されました。大学の目玉となる新システムですから、ぬかりなく運営しなくてはなりません。1年次で幅広くさまざまな分野を学んだ後に、志望の学類に移行する仕組みで、希望する移行先の学類に応じて専門導入科目を履修しておく必要があります。ところが、各学類が設定した科目をすべてカリキュラムに配置しようとすると、時間割に収まらなくなったり、時間帯が重なって必要な科目が履修できなくなったりという事態が発生します。学生が希望する科目を履修できるように時間割を組むのは、実は至難の業なのです。
そこで登場するのが最適化です。各学類が設定する専門導入科目をできるだけ減らしつつ、初級・中級・上級など、履修の順番が決められている科目や、開講できる曜日や時間帯が限られるといった教員の都合など、1万件以上もの制約条件を満たす時間割の最適化モデルと、さらに、移行先の併願可能性をチェックするためのモデルを作りました。このおかげで、無事に、どの組み合わせでも2学類併願ができるようになりました。
最適化は、特定の人の意見を優先したり、人間関係で調整したりするのではなく、数学を使って正しく計算するプロセスです。ですから、条件を緩めなければならないような場合でも、信頼感をもって対応してもらうことができます。公共性の高い問題を解決するには、極めて有効な手段と言えます。
高校生と地域の問題に取り組む
こういった最適化の手法は、アルゴリズムは難解ですが、ツールとしては、大規模な問題でも解くことができるソルバー(プログラム)があります。これを使って、高校生を対象にした授業も毎年、実施しており、自分たちが住む地域で実際に起こっている問題の解決方法の提案を目指しています。
例えば、龍ケ崎市では、東日本大震災の時に、防災無線がハウリングしてしまって、住民には何も聞こえなかった、ということがありました。これを解決するために、まず、市内を2万近いメッシュに区切り、それぞれの人口を調べます。それをもとに、スピーカーのタイプや費用を考慮しながら、全体のコストを最小化しつつ、スピーカーの音が届く人数を最大化するにはどうしたらよいか、計算してみました。
そうすると、スピーカーの数を増やさなくても、設置する場所を変えると、現状の2倍の人数に音が届くということが分かりました。市内にスピーカーは134個あり、数としては足りないわけではありませんが、住民が多く住んでいる地域に重点的に設置されていたために、かえって聞き取りにくくなっていたというわけです。
どんな条件を満たすべきかを考えるには、その地域のことをよく知り、論理的に考えることが必要です。そうやって問題を解いていけば、合理的な答えに辿り着きます。高校生にとっても、自分たちの提案が現実の問題の解決に役立つという実感が得られるというのは、貴重な体験になるはずです。
最適化理論の最前線を追いかけて
最適化の分野では、1984年に発表された内点法という新しいアルゴリズムが注目され、学生時代は、これにのめり込んでいきました。問題によっては高度な数学が必要になりますが、新しいことにチャレンジするのが面白く、それ以来、最適化のアルゴリズムの最先端を追い続けています。
優れたソルバーが開発され、問題を解くという作業だけなら難しいものではなくなってきました。しかし、アルゴリズムを変えたり、考慮すべき変数が膨大になると、数学の知識が不可欠になります。近年は、個人情報が含まれるようなデータについて、元のデータの特徴を維持したまま、特定の部分を隠すような変換・復元をするための方法なども、最適化問題として捉えられるようになっています。コンピュータの性能が上がり、ビッグデータが扱えるようになるにつれて、最適化で解ける問題も多様化していきます。どんな問題が解けるのか、ということも研究の対象です。
解決すべきテーマはあらゆるところに
その一方で、最適化を使った課題解決の依頼も学内外からたくさん受けています。修士論文の発表スケジュールを組んだりするのも、多くの人の予定を組み合わせていかなければならないので、意外と大変です。手作業で調整していると、ちょっとした変更が大混乱を招きかねませんが、モデルを作っておけば、瞬時に解決できます。また、つくば市が運営している乗合タクシーのスケジュール管理なども手がけています。近い将来、自動運転車の導入が進むと考えられますから、こういったモビリティー分野での最適化は、これからの需要が大いに見込まれます。
最適化は、応用範囲が広い上、現実の社会課題を解決につながる、社会貢献としての側面も大きな分野です。研究室の学生たちにも手伝ってもらっていますが、責任感も生まれ、また、大学や社会のことにも関心を持てるようになっていきます。やりがいと重圧を感じつつ、公共性の高いテーマに積極的に取り組んでいます。
筑波大学システム情報系 吉瀬研究室
吉瀬教授の写真
博士後期課程から学類まで約20名の学生が、数理最適化の理論と応用に関する研究を行っています。研究テーマは、対称錐やリーマン多面体上の最適化問題に対するアルゴリズムの提案(理論)、保健所のシフト作成や乗合タクシーのスケジュール作成のための最適化モデルの提案(応用)など。特に夏休みは、日立北、竜ヶ崎第一、豊島岡女子学園などの高校生との協働による最適化モデル化実習に参加し、モデル化の腕を磨いています。
(URL:https://infoshako.sk.tsukuba.ac.jp/~yoshise/index.html/
https://datasci.sk.tsukuba.ac.jp/koudai/(高大連携))
(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)