TSUKUBA FUTURE #125:生殖機構の〝なぜ〟を科学する

代表者 : 浅野 敦之  

生命環境系 浅野 敦之 助教
生物にとって根本的な機能の一つが、自分と同じ種類の新しい個体をつくりだす生殖です。浅野さんは鳥類や哺乳類の精子を主な研究対象として、ヒトを含む動物の生殖機構の解明に取り組んできました。「何が細胞をそうさせるのか。その根本を明らかにすることが研究の究極の目的だ」と浅野さんは言います。

浅野助教
『最近、最も関心を持っているのは生殖と進化の関係だ』
と語る浅野助教
米コーネル大獣医学部の博士研究員だった浅野さんは2012年、筑波大に着任しました。それまでは哺乳類の生殖を研究してきましたが、ニワトリなど鳥類の精子の「膜ラフト」を新たなターゲットに定めました。ヒトを含めた動物の細胞は、脂質とタンパク質で出来た細胞膜で仕切られています。近年の研究で、細胞膜には特定の脂質やタンパク質が集中している領域があり、細胞の融合や接着、細胞の外側から内側への情報伝達に関わっていることが分かってきました。その領域は、海に浮かぶ「いかだ」(英語でラフト)のように細胞膜上をふわふわ移動することから、「膜ラフト」と呼ばれるようになったのです。

浅野さんはコーネル大で、マウスの精子の膜ラフトの機能を調べていました。鳥類の精子については、膜ラフトの存在そのものが未知でしたが、「膜ラフトは広く細胞機能の調整に関わっており、鳥類にもあるはずだ。もしなかったとしても、それはそれで面白い」と考えて、挑戦したのです。
挑戦は吉と出ました。まず、ニワトリ精子の頭部に膜ラフトが存在することを確認しました。哺乳類の精子よりもその存在範囲は広範で、精子が卵子と融合できる状態になる反応(先体反応と言います)に不可欠なことを明らかにしました。
また、ニワトリの精子を凍結保存すると、膜ラフトに含まれる脂質のステロール類が減少することも突き止めました。一般に鳥類の精子は低温耐性が低く、ニワトリなどの家禽精子の凍結保存は実用化されていませんでした。浅野さんたちは、凍結保存時にステロール類を加えることで、ニワトリ精子が半永久的に凍結保存できることを示しました。
これら一連の研究が評価され、浅野さんは2021年に日本家禽学会賞を受賞します。

浅野助教
ゼミでは学生たちとじっくり話し合うことを心掛けている

実は浅野さんは、一直線に生殖関係の研究者を目指した訳ではありませんでした。
大学では農学部でマウスの胚の凍結保存法を研究し、大学院の修士課程ではブタの体外受精の成功率を高める研究に取り組みました。しかし、その後2年間は、身に付けた技術を生かし、不妊治療クリニックで生殖補助医療に従事しました。この間、不妊治療をしても子どもを持つ希望がかなわないケースを何例も体験します。「卵子や精子の機能不全にはさまざまなものがあり、そのメカニズムを解明しないと、不妊の根本的な解決にならない」。その思いが大学院に復帰して博士の学位を取得し、海外で研究に取り組むことへとつながりました。
浅野さんたちは2018年、マウスを使った実験で、アミノ酸の一種のタウリンが精子で不足すると、不妊の原因になることを明らかにしました。メスの生殖器に侵入した精子は、タウリンがないとその運動能力が維持できないことが分かったのです。精子は通常、精巣の中でタウリンを吸収します。そのメカニズムに何らかの不具合が生じると、不妊につながるのです。ヒトの不妊の原因究明にも貢献する成果で、大学院時代の思いが一つ実現したと言えるかもしれません。

浅野さんが今、一番興味を持っているのが生殖と進化との関係です。
鳥類の精子は低温耐性が低いことを紹介しましたが、メスの生殖器に入ると、長期間受精能力を持ち続けます。ニワトリで約3週間、七面鳥だと約16週間にも及ぶのです。これに対しウシやブタなど哺乳類家畜の精子は、1日程度しか受精能力を保てません。
浅野さんは「鳥類は空に進出したが、飛行中は交配ができない。精子の受精能力を維持できれば、一回の交配で長期間受精卵を産み続けられる。そうやって種を存続させるように、適応進化したのだろう」と言います。
浅野さんは米コーネル大のヴィマル・セルバラジ教授と共同で、ニワトリ精子を冷蔵保存する実験をしました。その結果、細胞の内外からカルシウムオンを除去した精子は、長期間、冷蔵保存できることが分かりました。カルシウムを除去すると、精子のエネルギー代謝が抑制され、一種の休眠状態になるのです。「カルシウムは精子の受精機能の休止と再起動のスイッチ役を務めている。メスの生殖器で排卵を待つ鳥類の精子の生殖戦略にも関わっているのではないか」と、浅野さんは考えています。
鳥類の精子で冷蔵保存技術が実用化すれば、凍結保存よりも低コストで簡便に大量保存が可能となります。養鶏はもちろん、希少な鳥類の保護増殖にも貢献できます。
生殖は種の基本的な機能であるからこそ、産業応用や種の保存、進化のなぞ解明まで、その研究成果は幅広い分野につながっていくのです。

(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)