昨日の夜ご飯に何を食べましたか?お肉を食べた人もいれば魚を食べた人もいるでしょう。では、その牛や魚は何を食べて生きているのか、彼らの餌は何を頼りに生きているのか想像してみてください。そのような生き物たちの「食う-食われる」の関係の中で、物質は生き物たちの中あるいは外を回っています。これは物質循環と呼ばれます。筑波大学生命環境系の大森裕子先生は特に海の生態系における物質循環について研究されています。今回、大森先生に海洋生態学者になるまでの道について取材しました。
有機物はどこへ行くのか?
海洋に溶けているCO2は、植物プランンクトンにより取り込まれ、光合成が行われます。光合成によりCO2が有機物に変換されます。こうしてできた有機物は、植物プランクトンが動物プランクトンにより食べられたり、それらの死骸がバクテリアにより分解されたりすることで他の生物や海水中へ移動します(図1)。海水中へ放出された有機物のうち0.2~0.7µm以下の大きさのものを溶存態有機物といいます。溶存態有機物のうち揮発しやすい性質を持つ揮発性有機化合物の一部は海面から大気へと放出されます。大気中において揮発性有機化合物は雲やエアロゾル、対流圏オゾンなどの形成において重要な役割を果たしており、太陽放射のエネルギー収支において大切だと考えられています。
図1. 海洋の物質循環の様子(提供:大森裕子先生)
大森先生の研究室では水圏における物質生産や分解、輸送過程について研究しています。このような生態系を扱う研究では実際に現場に行き、そこで何が起こっているか調査が必要不可欠です。大森先生も2016年にオーストラリアのグレートバリアリーフでフィールド調査を行いました。サンゴ礁が放出するジメチルスルフィド(DMS)は雲を形成するための雲凝結核となることが知られていました。そこで、大森先生はグレートバリアリーフにおいてサンゴ礁由来のDMSが雲の形成や太陽放射のエネルギー収支にどう影響するのかを調べました。船に乗り、海洋表面と大気中のDMS濃度を計測していくと、サンゴ礁から放出されるDMSによる雲形成への寄与は小さいことが明らかになりました。このような研究は今後の地球環境がどのように変化していくのか予測する上でとても重要です。
生物学との出会い
大森先生が海の生態系に興味を持ったのは中学校の2年生の時に参加した三宅島でのサマースクールでした。それまで海にあまり行ったことがなかったため、その海の美しさに魅了されたそうです。さらに、その主催者の先生がとても楽しそうに笑顔で自然と触れ合っている姿を見て海の生物やその活動を研究する海洋生物学者という職業が将来の一つの選択肢になりました。その後、高校に進学してある生物の先生に出会いました。とにかく質問を投げかけてくれる先生で、自分で考える楽しさに気づいたそうです。「ある仮説を考え、それが外れたらまた違う仮説を考えて、また外れたらまた別の仮説を考えてみるといった考えるプロセスが楽しく、これが生物学の面白さに繋がっている」と大森先生は語りました。
筑波大学に入学後は、海に触れたいという思いからマリンダイビングサークルに入部しました。また、同時に当時生物学類で海洋生態学について研究をされていた濱健夫先生のラボに行き、本を借りたり、研究室のお茶会に参加したりしていたそうです。その後、濱先生の研究室に入り、水圏の物質循環の研究を始めることになり、博士課程まで濱研究室に所属しました。
紆余曲折あった航海
博士号を取得した後、国立環境研究所の地球大気化学研究所に所属しました。そこには海を専門にする研究者がいなかったので、技術職員の方がサポートしてくれました。その中で、2015年に人生で初めて自分一人でデータを取るという3ヶ月の研究航海をする機会が大森先生のもとに訪れたのです。ところが、航海の直前にサポートについてくれていた技術職員の方が転職することになり、てんやわんやで準備をすることになってしまいました。その中で、どれだけ頑張っても一人ではどうしようもない事件が起こりました。ある測定機器をエレベーターで船に乗せようとしたら、その機器の台座の幅がエレベーターの幅より大きく、エレベーターに載せられなかったのです。その時にはその場にいる船員さんたちと協力して、船になんとか乗せることができたそうです。「みんな優しいし、航海を成功させようという共通の気持ちがあったので、快く協力してくれました」と当時を振り返っていました。
オーストラリアでの航海では船員さんの勤務時間を守るために夜中に観測は絶対にしないような計画を立てるということがルールだそうです。そのため、夜になると仲間みんなで甲板に出てオレンジジュースを片手に海を眺めて語り合いました。キッチンにはいつも食べ物や飲み物があり、甲板にはビーチにあるようなとてもおしゃれな椅子があって、船上ライフを満喫されたそうです。
失敗は失敗ではない!?
大森先生は、研究においては先入観を待たないことを一番に心がけています。学生時代、研究室の後輩が予想とは違う結果を「失敗しました」と報告してきました。この結果について、研究室のメンバーと、これは失敗ではなくて面白い発見ではないだろうかと話し合ったそうです。仮説を立てて実験を進めていく研究では、仮説と結果が一致していることを正解としがちです。ですが、実験を進め、仮説と異なる結果が出ることもあります。この時に、仮説と合っている合っていないではなく、間違いと決めつけるのではなく、そういうものだと受け入れ、もしかしたらそれは逆の意味を持つ面白い結果なのではないかと思うようにしているそうです。
自分の「楽しい」を貫く
大森先生が高校生の時は、将来の不安が大きく、特に博士課程に行って研究者になりたいという夢はかなりリスクが高いと親に言われて止められていたそうです。それでも、「心から楽しくてワクワクするって思えることは貴重なことと考え、突き進んでいます。自分は慎重なところと楽観的なところがあるので、不安要素が多少あっても大丈夫だと思い、前に進めたから、今ここにいられるのかなと思います」と語りました。最後に高校生へのメッセージを伺うと、「自分がどういう人間なのだろうということを見ていくと何に楽しさを感じているのかわかると思うので、その楽しいと感じるものを大切にしていってほしい」とおしゃっていました。
【取材・構成・文:筑波大学生物学類 齋藤亮佑】