生命環境系
礒田 博子(いそだ ひろこ)教授
PROFILE
筑波大学生命環境系 教授/地中海・北アフリカ研究センター長、テーラーメイドQOLプログラム開発研究センター長、産総研筑波大食薬資源工学OILラボ長、国際農林水産業研究センター監事、文部科学省科学技術・学術審議会国際戦略委員を務める。2004年から地中海・北アフリカ研究センターで、地中海の食薬資源(オリーブ、アロマ薬用植物等)の機能性成分探索とメカニズム解析を進めている。専門は食品機能学、天然物創薬。
天然物のチカラを見つけ出す
伝統的に食べられてきた食材やハーブの中には、体に良い、薬効があるとされるものが数多く知られています。それらの効能の科学的なエビデンスを得るための鍵がバイオアッセイ。
そこに含まれる化合物が持つ機能を、生物材料を用いて評価する手法です。
これを駆使して、地中海や北アフリカ地域の食の秘密を探ります。
食資源が持つ機能性
多様なバイオアッセイ
ある疫学調査によると、地中海食を食べている人たちは、そうでない人たちよりも長生きで、また、動脈硬化やアルツハイマー病になりにくいそうです。これは、地中海食にふんだんに使われているオリーブやローズマリーなどのハーブ・アロマ類の薬効ではないかと考えられます。他にも、地中海地域には、天然の動植物に由来するさまざまな伝承薬があります。日本で言えば漢方薬のようなものかもしれませんが、薬というよりはもっとカジュアルに日常生活の中に取り入れられています。そうなると、この地域に古くから伝わる固有の食資源が持つ力について、がぜん興味が湧いてきます。
こういった、その土地の人たちが経験的に培ってきた知恵の本質を、科学的に解き明かそうとすると、分子レベルでの解析が必要になります。食材に含まれる化合物を調べ、それらがどういう機能を発揮しているのかを、安全性も含めて、さまざまな細胞や病態モデルマウスを使って評価する、それがバイオアッセイ(生物検定)という手法です。
40種類以上のバイオアッセイを駆使して
研究室では40種類以上もの多様なバイオアッセイを扱っています。これらの評価系を駆使して、食資源や伝承薬に含まれる天然化合物の機能を調べていきます。すると、例えば、コーヒーの成分に老化予防(認知機能改善)、オリーブの成分に抗うつ作用、のような有効な働きが見つかったりします。こういった機能は、がんなどの深刻な病気の治療というよりは、普段の健康を保つために有用で、だからこそ、応用範囲も広いと言えます。このことは医学分野の研究者からも注目されていて、実際にヒトを対象とした臨床研究につながることもあります。これらの研究がシームレスに行えるのは筑波大ならではの利点です。
もちろん、天然化合物がなんでも良い、というわけではありません。しかし、とりわけ医薬の分野では、天然化合物をもとに新しい薬剤が開発される事例は珍しくなく、また、副作用を低減するために生薬が使われたりもします。食資源に含まれる天然化合物の働きをきちんと分析することは、創薬の基本となるだけでなく、食材が持つポテンシャルを引き出すことにもなるのです。
文理融合で地中海圏を研究する
これらの研究は、地中海地域の資源や文化について、現地の研究機関とも協働して、文理融合的に研究を行う、筑波大の「地中海・北アフリカ研究センター」の研究テーマの一つでもあります。食資源の他にも、サハラ砂漠の砂に含まれる高純度のシリカを太陽光発電に活用したり、水資源の管理、さらに、新しい経済圏としての国際関係構築など、実はこのエリアには、研究の種がたくさんあります。
伝承薬効の研究においては、現地へ行って調査をすることも大切です。その際、単に現地の人たちと意思疎通ができればよいわけではなく、言語や文化も含めていろいろな情報を得ることが不可欠です。センターには、地中海地域の文化や宗教などを専門とする研究者もいて、薬草を焚く儀式などについて現地語で詳しく聞き取りをしつつ、さらに科学的な薬効も明らかになってくると、この地域についての理解がより深まります。
これまでの研究成果を社会実装へ
学術研究としては、さまざま評価系のエビデンスに関して、これまでに500報以上もの論文を国際的に発表してきました。この蓄積は他にはない強みです。これらの成果の社会実装を目指して、創薬や機能性食品の開発を企画・提案するベンチャーも立ち上げました。経営となるとなかなか大変なこともありますが、新しいビジネスモデルにするべく、日々奮闘しています。
ハーブやスパイスなどが持つ、味や香り以上の役割が分かってきたからこそ、こういった食材やその成分のより効果的な活用が求められます。毎日の食事で健康を保ったり、病気や老化が予防できるのなら、それはまさに、みんなのニーズ。高齢化社会におけるQOL(生活の質)の維持・向上に大いに貢献できるはずです。
筑波大学生命環境系 礒田研究室
礒田 博子教授の写真
食資源の機能性評価及び環境安全性評価において動物細胞工学を応用した40種類以上のバイオアッセイを用いて、新しい生理活性機能の探索やそのメカニズム解明に取り組む。研究テーマは、食資源の機能解析と有効利用、食品成分の機能性食品・化粧品のシーズ化、乾燥地植生の機能性分布とデータベース構築、食品・環境安全性評価法開発など、多岐にわたる。乾燥地植生については、現地での調査と資料・情報収集も活発に行っている。
(URL:https://isodalabtsukuba.wordpress.com/)