TSUKUBA FRONTIER #047:アダプテッド・スポーツの世界へようこそ

代表者 : 齊藤 まゆみ  

体育系
齊藤 まゆみ(さいとう まゆみ)教授
PROFILE
筑波大学体育系教授、体育専門学群副学群長。
筑波大学体育専門学群卒業、筑波大学大学院修士課程体育研究科修了、筑波技術短期大学助手、筑波大学准教授を経て現職。
専門はアダプテッド体育・スポーツ学であり、デフアスリート・パラアスリートの競技力向上や体育授業を担当する教員に必要なアダプテッドの視点に関する教育と研究に従事。水泳(水球)を特技とし、障害のある人への水泳指導やたいそう教室、つくりんピックを主催。

一人ひとりのニーズに寄り添って
パラスポーツにも注目が集まるようになりました。でも実は、パラリンピックに聴覚障害者対象の種目はありません。
それどころか、オリンピックに出場してメダルを獲得する聴覚障害者もいます。
つまり、一言に障害といっても必要なサポートは人それぞれ。
そこに柔軟に対応するための方法論が「アダプテッド」という考え方です。

「パラ」だけではない障害者スポーツ
「パラ」だけではない障害者スポーツ
聴覚障害は、一見するとそれとはわからないことが多く、他の障害に比べて、支援の必要性が気付かれにくいものです。一方、スポーツの世界では、特別な用具が必要なわけでもなく、健常者と一緒に競技をすることは可能です。けれども、聞こえない、というだけで、同じ土俵では競技ができないと排除されてしまうことがしばしばあります。
確かにスポーツには、音や声掛けによって、合図をしたりタイミングを測ったりする部分があり、競技自体のパフォーマンスは健常者と変わらなくても、この点が一緒に競技を行う上での溝になります。しかし、普段からそういったことに配慮した指導が受けられれば、オリンピックでメダルを取ることもできるのです。この溝をどうやって埋めるのか、教育と研究の両面からのアプローチが求められます。

インクルーシブとアダプテッド
障害の有無に関わらずともに社会に参加する、というインクルーシブ社会の概念が広がってきました。ここで重要なのは、やみくもに一緒にするのではなく、目的に応じて必要な配慮を行うこと。それが「アダプテッド」という方法論です。聴覚障害者に対しては、例えば、話し始める前に、今から話しますよ、という合図をするなど、ちょっとしたことで、コミュニケーションや情報共有がうまくできるようになります。こういった工夫は、誰にとっても好ましいものです。
また、聴覚障害といってもそのレベルはさまざまで、補聴器などを使う場合もありますが、聴覚障害者同士の競技においては、全く聞こえない状態に統一します。そうすると、普段はなんとなく音を頼りに練習していた選手に対しては、また別の配慮が必要になります。このような、その人のニーズに合わせて変更調整しながらサポートをする、というのがアダプテッドの考え方です。

実践を通じて学ぶ
この考え方は、実践が伴って初めて力を発揮します。その実践の場として、学生たちが聴覚障害者のスポーツ指導を行う授業を実施しています。実際に聴覚障害者と接してみると、座学で学んだ通りに支援してもうまくいかないことがたくさん出てきます。選手たちにとっては、細かい指示が伝わっていなくても、なんとなくできているからそれでよし、という指導が当たり前になりがちですが、それでは競技力は向上しません。その都度、きちんとフィードバックをすることが重要ですし、そういう指導を受けることで、短時間の練習でも、競技力は確実に向上するのです。
健常者であれば、こういったフィードバックは、「ナイス!」などの簡単な声掛け程度で済むかもしれません。しかし、そういう一つひとつの小さな工夫がアダプテッドそのものであり、その積み重ねが、指導する学生にとっても選手にとっても大事な経験になります。

聴覚障害に特有の難しさを解き明かす
パラスポーツというと、障害者スポーツの総称のように捉えられがちですが、パラリンピックに聴覚障害者対象の種目(デフスポーツ)はありません。「デフリンピック」という別の国際大会が開催されており、実はパラリンピックよりも古い歴史があります。聴覚障害者による聴覚障害者のための大会として、独自の文化を築いているとも言えますが、それは障害者スポーツとしてのウィークポイントでもあります。
そういう背景もあり、ちょっと取り残されてしまったような感のあるデフスポーツ。課題はたくさんあるのに取り組まれていないという問題意識から、この分野の研究に興味を持ちました。音のないスポーツは、見る者にとって、スピード感や臨場感を感じにくいかもしれません。でも、他のパラスポーツ同じように、楽しみ方がわかれば、全く違って見えるはずです。
2025年、デフリンピックが東京で開催されます。日本では初、そして第1回の開催から100周年にあたるこの機会を捉えて、デフスポーツやアダプテッド・スポーツの世界に新しいレガシーを作ろうと、意気込みも新たにしています。

筑波大学体育系 アダプテッド体育・スポーツ学(AdS)研究室
実践授業に参加したスタッフ・学生と附属聴覚特別支援学校の生徒たち
(実践授業に参加したスタッフ・学生と
附属聴覚特別支援学校の生徒たち)
「どのような障がいがあっても、その人にあった体育・スポーツ活動(アダプテッド・スポーツ)を展開することで多様なチャレンジができる」という理念のもと、さまざまなスポーツを専門とする学生が集まり、研究・実践活動に取り組む。障がいのある人のスポーツ・教育・福祉に関する基本的な知識と同時に、スポーツの持つ魅力と適応性を学び、実際の交流や体験を通して、アダプテッド・スポーツを実践できる人材の育成を目指す。

(筑波大学体育系 アダプテッド体育・スポーツ学(AdS)研究室)

(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)