月や火星などを目指す今後の有人宇宙ミッションでは、これまでよりも限られたスペースの宇宙船内で、少人数の乗組員が長期間、共同生活を送ることが想定される。その際、乗組員の人間関係やメンタルヘルスに生じる問題を予測し、対応策を検討しておくことが、ミッションの成功に欠かせない。 笹原信一朗教授(医学医療系)らは、米国とロシアが2021年にモスクワで共同実施した、男女各3人ずつ計6人が閉鎖環境で宇宙活動を模擬した生活を送る実験「SIRIUS21」に加わり、メンバーの人間関係の変化を調べた。 その結果、実験期間(240日間)の後半になると、仕事とプライベートの人間関係の境界が曖昧になる傾向がみられたが、チームの結束力は維持され、そのパフォーマンスも低下しなかったことが分かった。 笹原教授は「逃げられない空間の中で、生存するために皆が妥協するという集団力学が働いたのではないか」と話す。SIRIUS21の閉鎖施設は、6人がそれぞれの区画を持つ居住モジュール(容積150立方㍍)や宇宙服を着て船外活動をシミュレーションするモジュール(同1200立方㍍)、実験用モジュール(同100立方㍍)などからなる。閉鎖実験は、将来の月探査ミッションを模擬したスケジュールで進められ、参加者は月面から試料を採取し、分析するなどの課題をこなした。実験開始から33日後に1人がけがで退室することになったため、残った5人を対象に、人間関係を調査した。 人間関係の解析に使われたのはソシオメトリックテストという方法だ。 「誰と一緒に居たいか」「誰と一緒に居たくないか」と質問で、集団の構笹原信一朗教授成員の関係を調べる。今回はこの質問に「仕事時間に」「プライベート時間に」という言葉を追加し、それぞれの時間での人間関係を調べた。質問は、実験前後と実験中の計6回行った。これを基にソシオグラムと呼ばれる図で人間関係の変化を図解する。 すると、実験前は一緒にいたいと回答していた参加者同士の一方が、開始直後に「一緒に居たくない」と答えるようになるなど、人間関係が劇的に変化するケースがみられた。このため、施設外部の精神心理の専門家が介入したところ、人間関係は安定化した。 また、期間後半になると、仕事とプライベートの時間で異なっていた関係性が、同じような関係性に変化していた。 それぞれの回答から5人の結束力を数値化すると、何人かの人間関係が悪化していても、チームでは高いパフォーマンスが維持されていた。 笹原教授は「閉鎖空間にいると、逃げ場がなく、気持ちの切り替えが難しくなる。今回の知見は、地上の集団運営にも応用可能だ。閉鎖空間にいる人を支援するスタッフ間の人間関係にも注目して研究を進めたい」と今後の展望を語った。(青野心平=物理学類3年)__
閉鎖環境での人間関係解明 今後の有人宇宙探査に不可欠
代表者 : 笹原 信一朗