クロストリジウム菌において、タンパク質膜組込装置YidCの活性低下に呼応しバックアップのYidCの細胞内合成を促進する因子CliMを発見しました。
CliM は、自身の合成を一時停止(翻訳アレスト)する性質を持つことが分かっていましたが、今回、翻訳アレストが、YidCの合成を促進するのに必要であることが分かりました。
クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析および変異解析から、CliM とリボソームとの相互作用様式と、それを介した翻訳アレストのメカニズムの詳細を明らかにしました。
CliM の翻訳アレストがタンパク質膜組込経路で解除されるメカニズムを分子動力学シミュレーションでモデル化しました。
【概要】
生命科学研究科の千葉志信教授と吉田真悠さん(同大学院修士課程卒業生)、藤原圭吾研究員(現国立遺伝学研究所)、高田啓研究員(現富山県立大講師)らは、ドイツハンブルク大学のDaniel N. Wilson博士、マックス・プランク研究所のLars V. Bock博士、筑波大学の尾花望博士らとの国際共同研究で、クロストリジウム綱に属する細菌が持つ、膜タンパク質生合成経路※1の活性を維持する新しいしくみを発見しました。膜タンパク質の生合成経路は、すべての生物の細胞において、生存に必須の基本的な機能です。そのため、その経路が常に正しくはたらくためのしくみは、細胞の機能維持のメカニズムを理解する上で重要です。また、今回研究対象としたクロストリジウム綱に属する細菌の中には、大腸炎を引き起こす病原菌も含まれているため、今回得られた知見は、病原性細菌の進化や生態の理解にも繋がる可能性が期待されます。この研究成果は、日本時間2026年5月18日(月)18:00付で、英国科学誌「Nature Communications」に掲載されます。
【背景】
細胞内で合成されるタンパク質の一部は、細胞膜へと組み込まれ、細胞膜を超えた物質の輸送や情報の
受容・伝達という、細胞の生育に必須の役割を担います。これらの膜タンパク質が正しくはたらくために
は、これらが細胞膜に正しく組み込まれる必要があります。これを担う因子のひとつが、YidCと呼ばれる
タンパク質膜組込装置※2です。YidCは、バクテリアからヒトまであらゆる生物が持つ重要なタンパク質で
す。
以前、千葉教授らは、枯草菌において、YidCの細胞内量を調節するしくみを発見していました(参考文
献1)。特に、その鍵を握る因子MifMは、自身を合成しているリボソーム※3と相互作用することで、その
合成(翻訳※4)を一時停止(翻訳アレスト※5)するユニークな性質があることを見つけていました。また、
その性質と、MifMの遺伝子とYidCの遺伝子が隣接していることが、細胞内におけるYidCの活性変動の感
1
知やその合成量の調節にそれぞれ必要であることも見出していました。一方、最近になり、同研究グルー
プは、翻訳アレストを起こす因子を多数発見することにも成功していました(参考文献2)。興味深いこと
に、そのうちのひとつ、CliMは、YidCと、遺伝子レベルで隣接していました。これらのことから、千葉教
授らは、CliM も、MifM と同様、翻訳アレストという独自の機構を用い、YidCの活性変動を感知し、その
合成量を必要に応じて調節する鍵因子であると考えました。しかしながら、その実験的な証拠はありませ
んでした。それに加え、MifMとCliMは、互いの分子構造(アミノ酸配列)に全く類似性が見られなかっ
たことから、CliM が具体的にどのようなメカニズムで翻訳アレストを起こすのか、どのようなしくみで
YidC の合成制御に関与するのかなどについても、全く未解明でした。
【研究プロセスと成果】
今回、千葉教授らの研究グループは、遺伝学的な手法を用い、CliMが、翻訳アレストを介してYidCの
活性をモニタリングし、その活性低下に応答してYidCの合成を促進することを示しました。一方、Wilson
博士らは、クライオ電子顕微鏡を用い、リボソーム中で翻訳アレストを引き起こしている CliM の構造を
解明しました(図)。この構造解析と並行して、千葉教授らは、次世代シーケンサーなどを駆使した CliM
の網羅的な変異解析などを行いました。この両研究グループの解析結果を組み合わせることで、CliMとリ
ボソームとの相互作用様式や、翻訳アレストに重要な相互作用部位、翻訳アレストの分子メカニズムの詳
細が明らかになりました。さらに、Bock 博士らは、分子動力学シミュレーションを駆使し、CliM 自身が
YidC によって細胞膜へ挿入されることで、CliM が引っ張られ、それに伴い翻訳アレストが解除される様
子をモデル化しました。
以上のように、異なる実験技術を持つ研究グループが国際共同研究を行うことで、CliMの多角的な解析
が可能となり、その結果、クロストリジウム菌が膜タンパク質の生合成経路のはたらきを維持するための
詳細なメカニズムが分子レベルで明らかになりました。
【本研究の学術的な意義と今後の展望】
タンパク質は、一般的に、合成が完了した後に細胞内で機能します。ところが、CliM は、翻訳アレス
トを起こすことで、合成途上鎖の状態で生理機能を発揮します。そのため、今回の研究成果は、タンパク
質の機能発現に関する理解を拡張するという意味でも非常に重要です。また、タンパク質合成(翻訳)や、
細胞膜の機能維持のしくみを理解する上でも重要なものです。
一方で、翻訳アレストの研究は、産業分野を支える知識基盤としての可能性も秘めています。リボソー
ムによるタンパク質合成の生産性向上を目指す研究は、持続可能社会の形成を支える「バイオものづくり」
を推進するための重要な研究分野のひとつですが、翻訳アレスト研究は、翻訳効率の向上を目指す研究と
表裏一体だからです。さらに、今回のCliMの発見は、病原性細菌の生態や進化についての理解にもつなが
ることが期待されます。
膜タンパク質生合成経路の活性を維持する新しいしくみを発見しました
代表者 : 尾花 望